アサヒのVPN廃止は「境界防御の限界」を示す象徴例。製造業・金融に共通するランサム対策を、AI監視と運用自動化で強くする方法を解説。
VPN廃止は正解?ランサム被害から学ぶAI監視と運用改革
2025/12/26に報じられた「アサヒがランサム被害でVPN廃止」というニュースは、単なる“VPNの是非”の話ではありません。攻撃者は、企業が「守れているはず」と信じている境界(VPNや認証、EDRなど)を、想像以上に器用に抜けてくる。この現実を、経営と現場に突き付けた出来事です。
年末年始は、工場の定修や棚卸、金融機関の勘定系・周辺系の稼働監視など、運用が薄くなりがちな時期でもあります。だからこそ今、セキュリティを“人の頑張り”に寄せる設計は危うい。AIによるリアルタイム監視と運用最適化を前提にした設計に変えるべきタイミングです。
本稿は「金融業界におけるAI活用の進化」シリーズの文脈で、アサヒの事例を手がかりに、製造業・金融業に共通する「境界防御の限界」「VPN依存のリスク」「AIで運用を強くする具体策」を、実務目線で整理します。
VPNをやめた本質は「境界に頼る発想の終わり」
結論から言うと、VPNを廃止したこと自体よりも、“VPNが前提の運用設計を捨てた”ことが重要です。VPNは悪者ではありません。問題は、VPNを「入れたら安心」の印籠にしてしまう運用文化にあります。
アサヒのケースは、記者会見で「技術的な盲点」が示唆されたと報じられています。詳細のすべてが公開されているわけではありませんが、一般にランサム被害の大規模化は次の流れで起きます。
- 初期侵入(VPN、フィッシング、サプライチェーン、脆弱性など)
- 権限昇格(管理者権限の奪取)
- 横展開(ファイルサーバーやAD、バックアップへ拡大)
- 影響最大化(暗号化、二重恐喝、業務停止)
ここで厄介なのは、「侵入経路のふさぎ込み」だけでは被害の連鎖が止まらないことです。つまり、VPNを減らすのは一手ですが、同時に「侵入後を前提に、横展開を止める設計」に変えない限り、別経路からまた起きます。
VPN廃止は“対策”というより、“設計思想の転換”として理解すべきです。
金融業界でも同じ構図があります。例えばリモート保守、委託先アクセス、ATM/店舗端末の管理。境界が増えるほど、例外運用(特権IDの貸し借り、恒久的な穴あけ、監査の形骸化)が増え、攻撃者の勝率が上がります。
製造業・金融の共通課題:止められない現場ほど狙われる
**狙われるのは「止めにくいところ」**です。製造業なら生産ライン、OTネットワーク、品質・保全系サーバー。金融なら決済・照会・認証・顧客接点の連携基盤。止められないからこそ、復旧に時間がかかり、交渉・身代金・信用毀損の圧力が増します。
さらに2025年時点の現実として、ランサム集団は“暗号化”だけを目的にしていません。
- 認証情報(ID/パスワード、トークン)を奪う
- EDRを回避して長く潜む(検知されにくい管理ツールを悪用するケースも多い)
- データを持ち出して脅す(二重恐喝)
この戦い方に対して、年末年始に「担当者がアラートを見落とした」程度で負ける設計は、正直もう厳しい。だから、AIを“監視要員の増員”ではなく、“運用の再設計”として使う必要があります。
AIはランサム対策をどう変える?「検知」より「運用の速度」を上げる
AIセキュリティというと、まず「不正検知(検知精度)」が注目されがちです。もちろん重要です。ただ、現場で効くのはそれ以上に、検知後の対応を速く、迷いなく実行できる運用です。
AIで実現する“現実的に効く”3つの強化点
ポイントは、AIを「24時間の相関分析」と「手順の標準化」に使うことです。
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アラートの相関(点を線にする)
- 単発の異常(深夜ログイン、権限変更、SMB大量アクセス)を、同一端末・同一ID・同一セグメントで束ねて「事件化」する
- SIEM+UEBA(行動分析)で“いつもと違う”を数値化し、優先順位を付ける
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封じ込め判断の支援(迷いを減らす)
- 「この端末を隔離すると生産/勘定系に影響するか」を構成管理DBや通信フローから推定
- 影響範囲を自動で地図化し、隔離・遮断の候補を提示
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運用自動化(SOAR)で初動を分単位にする
- 条件を満たしたら
端末隔離特権ID無効化VPN/リモートセッション強制切断を自動実行 - 人は承認と例外処理に集中する
- 条件を満たしたら
ここで大事なのは、AIが“何でも賢く解決”することではありません。「いつ」「誰が」「何を」やるかを、AIで固定化する。これが強い。
金融では不正送金・口座乗っ取り対策で、すでにAIによるリアルタイム判定(スコアリング)と自動制御が当たり前になっています。同じ考え方を、社内ネットワークと運用にも持ち込むべきです。
VPN依存から抜けるための現実解:ゼロトラスト+AI運用
VPNを減らすなら、代わりに何を置くべきか。答えはシンプルで、ゼロトラストを“理想論”で終わらせず、AI運用込みで回すことです。
最低限おさえる設計(製造業・金融共通)
- ID中心:ネットワーク内外を問わず、アクセスはIDと端末状態で判断
- 最小権限:特権IDの常用をやめ、必要時にだけ昇格(Just-In-Time)
- 端末健全性:EDRだけでなく、パッチ状況・暗号化・設定逸脱を条件にする
- マイクロセグメンテーション:横展開を前提に“広がらないネットワーク”にする
ここにAIを足すと、運用が回ります。例えば、
- 通信フローを学習し、普段は発生しない東西トラフィックを高優先度にする
- 工場の保全端末が突然ファイルサーバーへ大量アクセスしたら、自動で隔離候補に上げる
- 金融の委託先端末が営業時間外に管理系へアクセスしたら、追加認証やブロックを即時適用
“境界で守る”から、“振る舞いで止める”へ。ここが転換点です。
すぐ始める実務チェックリスト(30日で差が出る)
ここからは、私が現場で「先にこれをやると強くなる」と感じる順番です。大規模刷新の前でも、30日で着手できます。
1) VPN・リモート経路の棚卸(例外を可視化)
- VPN経由でアクセスできる社内資産(サーバー/共有/管理画面)を一覧化
- 恒久的に開いているポート、委託先の“共用ID”が残っていないか確認
- 退職者・異動者のアカウント削除遅延をKPI化(例:削除まで平均3日→当日化)
2) バックアップの“攻撃耐性”点検(復旧できなければ負け)
- バックアップがドメイン参加していないか
- 変更不可(イミュータブル)や世代管理が有効か
- 復旧演習を四半期1回以上(製造は定修、金融は更改に合わせる)
3) AI/SIEMで「横展開の兆候」だけ先に見る
最初から完璧なユースケースは要りません。ランサムで効くのはだいたい同じです。
- 管理者権限の急増
- 共有ファイルへの大量アクセス
- 認証失敗の急増と成功への転換
- 深夜帯のRDP/PSRemoting/管理ツール利用
これらを相関し、“1件のアラート”ではなく“1つの事案”として通知する設計に寄せます。
4) SOARで「隔離」「無効化」を半自動にする
- まずは“承認付き自動化”でいい
- ルールと責任分界(誰が止める決裁を持つか)を固定化
止めるのが遅い組織は、攻撃者にとって都合がよすぎます。
相談が増えているテーマ:AI導入はセキュリティ人材不足の現実解になる?
答えは「なる」です。ただし条件があります。AIを“担当者の代替”として入れると失敗しやすい。うまくいくのは、AIを“運用標準化の装置”として扱う企業です。
- 人がやる判断を減らし、手順を固定する
- 監視の粒度を上げる代わりに、通知は絞る(相関で事件化)
- 現場(工場、支店、コールセンター)で起きる例外を、中央で吸収できる形にする
金融業界がAIで不正検知を成熟させてきたように、次は**企業内インフラの「異常行動検知」と「即時制御」**が主戦場になります。製造業も同じです。
次の一手:VPNの“置き換え”ではなく、運用の“作り替え”へ
アサヒのVPN廃止は、「守りの製品を変えた」という話ではなく、やられる前提で、侵入後の被害拡大を止める設計に寄せたという点で示唆が大きい出来事です。ランサム対策は、最後は運用の勝負になります。
ここから先、製造業も金融業も、AIを使って「監視→判断→封じ込め→復旧」の速度を上げた企業が強い。逆に言うと、速度が出ない組織は、いつか同じ形で止まります。
あなたの組織では、深夜02:00に“横展開の兆候”が出たとき、誰が、何分で、どこまで止められますか。そこが、2026年の最優先課題です。