D&Iの強い職場は、観光・ホスピタリティの顧客満足を底上げします。オリコの事例をヒントに、AIでD&Iと現場運用を支える方法を解説。

D&IとAIで強い職場へ:観光・金融の現場が変わる
「D&Iは人事の話」。この考え方は、観光・ホスピタリティ業界ではもう通用しません。現場の人手不足が続き、繁忙期(年末年始や春休み、インバウンドのピーク)に“回せる組織”であることが、サービス品質と売上を左右します。そして回せる組織の土台は、制度ではなく**日々の職場体験(Employee Experience)**です。
2025/12/23、オリエントコーポレーション(オリコ)が「D&I AWARD 2025」で4年連続となる最高評価「ベストワークプレイス」に認定されたニュースは、その象徴的な出来事でした。金融企業の取り組みに見えますが、私はここに**観光・ホスピタリティが学ぶべき“運用の設計思想”**が詰まっていると思います。さらに言うと、その運用を“人手で回し切る”時代は終わり、AIが支える前提で再設計するのが現実的です。
本記事では、オリコのD&I施策をヒントに、観光・ホスピタリティ業界でAIがD&Iと職場文化をどう支えるかを、実装レベルの例とチェックリスト付きで整理します(シリーズ「金融業界におけるAI活用の進化」の文脈にも接続します)。
D&Iが「お客様満足」に直結する理由(観光は特に)
結論から言うと、観光・ホスピタリティでのD&Iは、理念ではなく稼働率の高い現場を破綻させないための仕組みです。理由はシンプルで、ゲスト体験は現場の連携品質で決まり、連携品質は心理的安全性と情報の通りやすさに依存するからです。
例えば、フロント・清掃・料飲・予約・コールセンターが分断されている現場では、
- 外国語対応の申し送りが遅い
- 食物アレルギーや宗教配慮の情報が途中で抜ける
- 介助が必要なゲストへの配慮が属人的になる
といった“事故未満の不満”が積み上がります。D&Iの強い組織は、ここを個人の善意ではなく、仕組みで標準化します。
そして、仕組みを回すにはデータと運用が必要です。だからAIが効く。
D&Iの成果は「研修回数」ではなく、「情報が抜けない現場運用」として現れる。
オリコが示した「ベストワークプレイス」の作り方
ニュースのポイントは、オリコが「D&I AWARD 2025」で最高評価「ベストワークプレイス」に4年連続で認定されたこと。評価は「ジェンダー」「LGBTQ+」「障害」「多文化共生」「育児・介護」の5要素で構成され、スコアに応じて認定区分が決まります。
ここで注目すべきは、“何をやったか”よりどう継続運用したかです。プレスリリースでは、次のような取り組みが明確でした。
ERG(従業員リソースグループ)を「活動」で終わらせない
オリコは「経験者採用」「LGBTQ+アライ」「外国籍社員」などのERG活動を継続し、さらに「女性活躍のためのERG」も新設しました。ERGの強みは、当事者・アライが現場の摩擦や改善点を拾い、制度に翻訳できる点です。
観光業でも、例えば「外国籍スタッフERG」「子育て・介護ERG」「障害のあるスタッフと現場管理者の合同ERG」があるだけで、
- 伝達ミスが起きるポイント
- シフト設計の無理
- 客対応での困りごと
が“早期に言語化”されます。
ネットワーク=離職を防ぐインフラ
「Orico Women’s Network」のような社内外ネットワークは、キャリアの見通しを作る効果が大きい。観光の現場はキャリアが見えにくく、ここが離職の引き金になりがちです。
私は、ネットワーク施策は「イベント」ではなく、相談・学び・紹介が回る導線設計が本体だと考えています。ここにAIが入ると、運用コストが一気に下がります。
AIがD&Iを支える:観光・ホスピタリティで効く5つの使い方
AIは“多様性を作る”のではなく、多様性がある状態でも業務が詰まらないようにするのが得意です。具体的には次の5領域です。
1) 翻訳・要約で「申し送りのロス」を潰す(多文化共生)
多言語環境の現場で一番の敵は、語学力ではなく“伝達の遅れ”です。
- 予約の要望(ベッドタイプ、アレルギー、宗教配慮)をAIで自動要約し、各部署向けに短文化
- スタッフ間チャットを、指定言語にリアルタイム翻訳
- クレーム一次対応メモを要点抽出して、責任者へ自動エスカレーション
これだけで、現場のストレスは目に見えて減ります。特に年末年始のような繁忙期は、要約と翻訳が“安全装置”になります。
2) アクセシビリティ対応を標準装備にする(障害・高齢対応)
観光はユニバーサル対応が価値になります。AIはここでも裏方として効きます。
- 館内案内の音声化、読み上げ最適化(社内向けマニュアルも同様)
- 画像やPDFのマニュアルをテキスト化して検索可能に
- コールセンターの音声を文字起こしし、聞き取りが難しいスタッフを支援
現場で「その人ができない」ではなく、「仕組みが支える」に変えられます。
3) バイアス検知で“良かれ”のズレを早期発見(ジェンダー/LGBTQ+)
D&Iで起きがちな問題は、悪意ではなく“無自覚な偏り”です。
- 求人票の表現チェック(性別役割を想起させる文言、年齢の固定観念)
- 評価コメントの偏り検知(主観語の多さ、属性に紐づく指摘の偏在)
- 接客ロールプレイ研修のフィードバックをAIで構造化
ただし、ここはAI任せにしないこと。最終判断は人間で、AIは“偏りの疑いを可視化する監査役”が適任です。
4) 個別最適の研修で「戦力化までの時間」を短くする(育児・介護/経験者採用)
観光・金融の共通課題は、新人や中途が早く戦力化できるか。AIの個別学習はここに直撃します。
- 職種別に、5分単位のマイクロラーニングを生成
- 苦手領域(クレーム対応、会計処理、英語接客)をテスト結果から補強
- 育児・介護で時間制約のある人向けに、学習時間を自動設計
結果として、研修が“受講者都合”になり、現場の不満が減ります。
5) 管理業務を自動化し、現場リーダーの余白を作る(離職対策の本丸)
多くの現場で、D&Iが進まない最大の理由は「忙しすぎる」ことです。AIでまず救うべきは管理者です。
- シフト案の自動作成(制約条件:希望休、スキル、労務、繁忙予測)
- 1on1メモの要約と次回アジェンダ提案
- 問い合わせ分類とFAQ草案生成(社内ヘルプデスクの省力化)
ここが回ると、管理者は“人を見る時間”を取り戻します。職場文化は、制度より管理者の行動で決まります。
金融業界のAI活用と、観光現場への持ち込み方
このシリーズのテーマ「金融業界におけるAI活用の進化」では、不正検知、顧客対応の自動化、データ分析が中心でした。私はその延長線上に、人と組織の品質管理があると見ています。
金融は、規制・監査・説明責任が厳しい分、
- ログが残る
- プロセスが標準化される
- 判断根拠を示す文化がある
という強みがあります。観光はスピードが命で属人化しがちですが、AI導入を機に金融流の「記録と標準化」を少しだけ取り入れると、D&Iは進みやすいです。
現場導入の最短ルート:まず“3つだけ”を決める
私は現場導入の支援をする際、最初に次の3つを必ず決めます。
- AIに任せる範囲(例:要約まで/返信文のドラフトまで/最終送信は人)
- 守るべき禁止事項(例:個人情報の入力ルール、差別表現の扱い)
- 効果指標(KPI)(例:研修完了率、離職率、クレーム再発率、申し送りミス件数)
これがないと、AIは便利な“おもちゃ”で終わります。
よくある疑問:AIでD&Iは本当に進む?
結論としては、進みます。ただし「文化」をAIで作ろうとすると失敗します。
AIが得意なのは、
- 情報格差を減らす(翻訳・要約・検索)
- 手続きを簡単にする(申請・記録・分類)
- 学習を個別化する(研修・フィードバック)
という“摩擦の除去”。摩擦が減ると、多様な人が働き続けやすくなり、結果としてD&Iが前進します。
一方で、
- 何を大切にする職場か
- どんな言動が尊重なのか
- 断る・相談する空気をどう作るか
は、人が作るしかありません。AIはその実行を支える裏方です。
次の一手:観光・ホスピタリティで始める「D&I×AI」小さな実装
すぐ始めるなら、私は次の順番を推します。理由は、現場の負担を増やさず成果が見えやすいからです。
- 申し送り要約+多言語テンプレ(まずは社内向け)
- 研修のマイクロ化+個別最適(新人・中途の立ち上がり短縮)
- FAQ整備+問い合わせ分類(管理者の時間を作る)
- 評価コメントの偏りチェック(制度の公平感を上げる)
D&I AWARDのような評価制度は、外部への発信効果だけでなく、内部の改善を継続する“定点観測”にもなります。オリコの4年連続認定は、やりっぱなしではなく、改善を回し続けた結果です。
次の繁忙期を、気合いで乗り切るのはもう厳しい。D&IとAIで「回る職場」を作るほうが、結果的にゲストにもスタッフにも誠実です。
あなたの現場なら、まずどの業務の摩擦をAIで減らしますか。