HCLTech×SAPのフィジカルAI協業を、観光・ホスピタリティの業務改善に翻訳。送迎・在庫・清掃を基幹データとつなぎ、待たない体験を作る実装術を解説。

フィジカルAI×SAPで変わる現場:観光にも効く実装術
年末年始の繁忙期、現場は「人手」と「判断」で詰まります。フロントはチェックインの波に追われ、バックヤードは在庫や備品が読めず、配車や送迎はギリギリで回す。多くの企業がここを「気合」で乗り切りますが、私はこの発想が一番コスト高だと思っています。
2025/12/24 13:00に発表されたHCLTechとSAPの協業拡大は、こうした“詰まり”をテクノロジー側から解きほぐす動きとして示唆が多い内容でした。焦点はフィジカルAI(現実世界の設備・物流・人の動きにAIを組み込む)。倉庫の自動ピッキング、フリート(車両・配送)管理、3Dリアリティキャプチャといった、まさに現場の摩擦を減らすテーマです。
この話は製造業・物流の文脈で語られがちですが、観光・ホスピタリティ業界にもそのまま応用できます。しかも、単なる「チャットボット導入」より価値が出やすい。理由は、観光業の体験品質がオペレーションの精度に直結しているからです。
フィジカルAIが刺さる理由:現場の「ズレ」をAIで潰す
結論から言うと、フィジカルAIの強みは現場の状態(人・モノ・空間・移動)をデータ化し、ERP/基幹(SAPなど)と結び、意思決定を自動化する点にあります。AIの精度以前に、「何が起きているか」を同じ地図で見られることが効きます。
観光・ホスピタリティの現場でよくあるズレは、たとえば次のようなものです。
- 予約システム上は空室でも、清掃の進捗が遅れて実際には渡せない
- 団体到着に合わせた備品・アメニティの補充が間に合わない
- 送迎車の到着が読めず、フロントやベルの配置が後手に回る
- 外国語対応スタッフが足りず、チェックインが滞留する
これらは「人が頑張れば解決」ではなく、現場とデータがつながっていないことが原因です。フィジカルAIは、この“つながっていない”を解消するアプローチです。
HCLTech×SAP協業の要点を、観光業の言葉に翻訳する
今回の協業で挙がった3領域は、観光業に置き換えるとかなり分かりやすいです。
倉庫オペレーション=在庫・備品・清掃の「段取り」を自動化
発表では、倉庫での自動ピッキングと仕分けをAI駆動で高度化し、効率と精度を上げるとしています。
観光業で言えば、バックヤードの「備品倉庫」「リネン」「アメニティ」「宴会備品」「売店在庫」が該当します。ここで効くのは、単純な棚卸しではありません。**需要予測→補充→ピッキング→現場配膳(供給)**を一本につなぐことです。
実装イメージ(例):
- 予約・イベント情報(宿泊、団体、宴会、季節要因)から需要を予測
- 消費実績と紐づけて、アメニティ・リネンの必要数を自動算出
- ピッキング指示を出し、欠品や代替案を即時提示
- 清掃完了・搬入完了が反映され、フロントの客室引き渡しが前倒し
ここが回ると、チェックイン待ちの短縮に直結します。体感価値が出るので投資説明もしやすい。
フリート管理=送迎・配車・観光バスの運用最適化
発表では、マルチエージェントAIモデリングを拡張し、エンタープライズ規模で物流最適化を狙うとされています。
観光業の「フリート」は、送迎車・観光バス・提携タクシー・レンタカー・荷物配送(手荷物当日配送など)まで含めて考えると良いです。
効くポイントは2つ。
- 遅延の予兆検知(渋滞、積雪、イベント混雑、空港の到着波)
- 人員配置と連動(ベル、フロント、ツアーデスクのピーク吸収)
送迎が10分ずれるだけで、ロビーの混雑とクレーム率は跳ねます。だから、配車最適化は「交通の話」ではなく、顧客体験(CX)の話です。
3Dリアリティキャプチャ=施設の“今”を可視化し、判断を早くする
発表にある3Dキャプチャと運用インサイトは、観光施設にとっては次の用途が現実的です。
- 大規模ホテルのバックヤード動線の改善(渋滞箇所の特定)
- 宴会場や展示スペースのレイアウト変更の事前検証
- 混雑エリアの可視化と誘導(サイネージ、スタッフ配置)
- 防災・避難計画の精度向上(これは投資判断の強い根拠になる)
「3Dはかっこいいけど必要?」と思われがちですが、私は現場改善の共通言語として価値があると見ています。部門間で揉めるのは、だいたい“現場の見え方”が違うからです。
製造業の学び:AIは「単体」より「基幹×現場」で効く
この投稿は「AIが日本の製造業をどのように変革しているか」シリーズの一篇ですが、製造業で進んだ学びは観光にもそのまま移植できます。特に重要なのは、AIを点で入れると成果が限定的という現実です。
製造業で成果が出るパターンは概ねこうです。
- センサーや現場データ(OT)を集める
- 基幹システム(ERP/SCM)と同期する
- 例外処理(欠品、遅延、故障)に強い運用設計にする
今回の協業が示しているのは、この「現場×基幹」の接続をフィジカルAIで押し進める方向性です。観光業も同様に、PMS(宿泊管理)・CRM・在庫・配車・スタッフシフトが分断されたままだと、AIを入れても“当て物”になりやすい。
観光・ホスピタリティ向け:すぐ使えるユースケース5つ
答えを先に言うと、観光業での第一歩は「客室」よりバックヤードと移動から着手した方が成功率が高いです。理由は、データ整備がしやすく、成果指標(時間・欠品・遅延)が明確だから。
1) 予約波に合わせた「清掃・点検」自動配車(スタッフの動線最適化)
- 入室予定時刻から逆算して、清掃順・点検順を自動提案
- ルームステータスの更新をリアルタイム化
2) アメニティ・リネンの需要予測と自動補充
- 予約属性(人数、連泊、国籍傾向、家族構成)で消費量が変わる
- 欠品をゼロに近づけるより、欠品の予兆を出す方が現実的
3) 送迎・観光バスの遅延予測→フロントの人員配置を自動調整
- 遅延が出た瞬間に、チェックインカウンター増員を通知
- 受付導線(セルフ端末、優先レーン)も同時に切り替える
4) 多言語対応の「問い合わせ分類」+有人エスカレーション最適化
- 予約前質問・変更・キャンセル・忘れ物などを自動分類
- 高単価・緊急度の高いものだけ有人へ(ここでCSが上がる)
5) 3Dによる混雑可視化→誘導と配置転換
- ロビー、朝食会場、温浴施設で効果が出やすい
- 混雑の“原因”が可視化されると、改善が一気に進む
失敗しない導入手順:PoCより「運用の型」を先に作る
最初にやるべきは、ツール選定ではなく業務KPIの確定です。AI導入で揉めるのは、「便利そう」で始めて、誰の何が良くなるか曖昧なまま進むから。
私は、次の順番が一番堅いと思っています。
- KPIを3つに絞る(例:チェックイン待ち時間、欠品件数、送迎遅延の影響人数)
- データの発生点を定義(誰が、いつ、どの端末で入力/取得するか)
- 例外処理の設計(欠品・遅延・設備故障が起きたときの自動判断)
- 現場の“意思決定権”を決める(AI提案を誰が承認するか)
- 小さく本番(1施設・1導線)で回し、横展開
AIの精度を上げるより先に、「AIが当たったときに現場が動ける状態」を作る。これがROIを最短にします。
2026年の繁忙期に向けて:AIは「体験の均質化」に効く
観光需要が戻り、インバウンド比率も高止まりする局面では、勝ち筋は派手な施策より体験品質のブレを減らすことです。同じ価格帯でも、「待たない」「迷わない」「言葉で詰まらない」施設が選ばれます。
HCLTechとSAPの協業が示すフィジカルAIの流れは、製造業で進んできた「現場の見える化→自動化→意思決定支援」を、より広い産業に拡張するものです。観光・ホスピタリティは、その恩恵を受けやすい側にいます。
次にやるべきことはシンプルです。自社の“詰まり”を一つ決め、基幹データと現場データをつなぐところから始める。あなたの施設なら、最初に潰すべき詰まりは「チェックイン」「清掃」「送迎」のどれでしょうか。