オレゴン州La Pineの水インフラ改善事例を手がかりに、水・下水道プロジェクトへAIをどう組み込むかを具体的なユースケースで解説します。

水インフラの“優等生プロジェクト”から見える課題とチャンス
アメリカ・オレゴン州の小さな都市 La Pine は、数十年にわたって老朽化した浄化槽(セプティックタンク)に頼り続けた結果、地下水の硝酸性窒素が高濃度になり、公衆衛生と環境の両面で深刻なリスクを抱えていました。
この問題に対し、La Pine 市は約10年、総額3,710万ドル(約55億円規模)の大型プロジェクトを実行し、中央集約型の下水道と新しい上水道インフラを整備。約300戸が市の水・下水道システムに接続され、既存の下水処理施設も大幅に強化されました。この「La Pine Water and Wastewater Systems Improvements(WWSI)」は、その完成度からENRの2025年West Best Projectsで表彰されています。
ここで注目したいのは、「よく設計され、よく施工された水インフラ案件」に、もしAIが本格的に組み込まれていたら何が変わるかという視点です。日本の建設業界、とくに上下水道・環境インフラ分野の方にとって、これはかなり“現実的な未来像”になります。
この記事では、このLa Pineの事例をヒントにしながら、
- 水・下水道プロジェクトにおけるAI活用のポイント
- BIM・工程管理・安全管理での具体的なAIユースケース
- 自治体・水道事業者・ゼネコンが取れる次の一手
を整理していきます。「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一環として、水インフラの現場にフォーカスした内容です。
La Pine プロジェクトの概要と“アナログな限界”
結論から言うと、La Pine プロジェクトは「従来手法でも成功した優秀案件」ですが、同じ規模・難易度の案件が今後日本で続くことを考えると、AI抜きでは人手も時間も足りなくなるのが現実です。
プロジェクトの主な内容
La Pine のWWSIプロジェクトは、おおまかに言うと次のようなスコープでした。
- 老朽化・機能不全のセプティックタンクからの脱却
- 住宅地の浅い井戸に流入していた硝酸汚染の抑制
- 約300戸を対象に、市の中央集約型下水道システムと上水道ネットワークへ接続
- 既存の下水処理施設の増強
- 20エーカー(約8ha)の放流水貯留ラグーン
- 散水用ポンプステーション
- 100エーカー(約40ha)のセンターピボット散水設備を2基
- 上水設備の拡充
- 50万ガロン(約1,900m³)の溶接鋼製貯水タンク
- 既存井戸ポンプの改良
- 2つの住宅地を結ぶ送水・汚水管網の敷設
施工中には、想定していなかった文化的遺物(埋蔵文化財)が頻繁に見つかり、作業エリアを切り替えながら工期を守るという現場判断も求められました。
日本の感覚でいえば、地方都市が行う「高度浄水・下水道整備+農業利用を含む放流先整備+文化財対応付き」の一体プロジェクトといったところです。
どこにAIの余地があったのか
この案件は、ENRが表彰するほど完成度の高いプロジェクトです。それでも、もし今から同規模の案件を日本で実行するなら、次のようなポイントでAIを入れておかないと、
- 担い手不足で工程が押す
- 設計変更への対応で利益が削られる
- 安全・品質・説明責任への要求が今の水準では足りない
という事態になりやすいと感じます。
- 複雑な配管ルートと既設インフラの取り合い → BIM+AIでルート自動生成・干渉チェック
- 地中障害物や埋蔵文化財リスク → AIによる地盤データ解析・リスクマップ作成
- 長期運転を前提とした維持管理 → センサー+AIでポンプ・配管の予知保全
- 広範囲・長期の土工・配管工事 → 画像認識による安全監視と出来形管理
ここからは、こうした「もしAIがあれば」を、もう少し具体的なユースケースとして整理します。

設計フェーズ:BIMとAIで“迷子にならない”配管計画
水インフラ案件でまず効いてくるのは、配管ルート設計と構造物配置の効率化です。La Pine のように既存住宅街を縫うように配管を通す場合、従来はベテラン設計者の経験に頼る部分が大きくなりがちです。
AI×BIMでできること
-
自動ルート候補の生成
- 道路幅員、既設埋設物、地形、地質、文化財エリア、私有地境界などの条件をBIMモデルに集約
- AIが、条件を満たす複数の配管ルート案を自動生成
- 掘削量、曲がり数、ポンプ必要数などをスコア化し、コストと施工性のバランスが良い案を提示
-
干渉チェックの自動化
- 既設のガス・電気・通信・上水・下水・雨水など、複数ユーティリティの3Dモデルを統合
- AIが干渉リスクの高い箇所を自動抽出し、設計段階で迂回案を提示
-
文化財リスクの見える化
- 過去の発掘記録、旧地形図、古地図、地質データをAIに学習させ、文化財出土の確率マップを作成
- 高リスクエリアを避けるルートを優先的に設計、やむを得ない箇所は事前調査を計画
実務的には、「AI設計支援ツールを使ったBIMベースの基本設計」を行うだけで、
- 作図時間の短縮(目安として20〜30%)
- 現場でのルート変更・再設計の削減
- 文化財や埋設障害物によるロスの低減
といった効果が見込めます。
施工フェーズ:工程・安全・品質をAIで“見える化”する
La Pine の現場では、文化財が見つかるたびに作業場所を切り替える必要がありました。日本の現場でも同じですが、こうした「予測不能な止まり」が積み重なると、工程表はあっという間に現実とかけ離れていきます。
AI工程管理:リアルタイムに“工程の嘘”をあぶり出す
最近のAI搭載型工程管理ツールでは、
- ドローンや360度カメラで撮影した現場映像
- 出面データ・重機稼働データ
- 資材搬入履歴
などを自動的に取り込み、BIMモデルや4D工程と突き合わせて「どこまで進んでいるか」を可視化できます。
水・下水道工事の場合:
- 掘削延長、布設済み管の本数、マンホール設置数などをAIが自動カウント
- 予定より遅れている工区をハイライト表示
- 文化財対応など“制御不能な要因”による遅延をタグ付けし、後から分析可能
人手不足の現場では、現場代理人や所長が毎晩Excelとにらめっこして工程表を更新する時代を終わらせることが重要です。AIに更新作業を任せ、現場は「打ち手の検討」に時間を割くべきです。
画像認識による安全監視
水インフラ工事は、
- 深い掘削
- 重機と人の輻輳
- 配管の玉掛け・据付

など、高リスク作業が連続します。ここで効くのが画像認識による安全監視AIです。
代表的なユースケース:
- 作業員の保護具(ヘルメット・安全帯・反射ベストなど)の着用チェック
- 車両の死角エリアへの人の侵入検知
- 開口部・掘削部への立入禁止エリア違反の検知
- 夜間・少人数作業時の異常行動検知
カメラ映像をクラウドに送り、AIがリアルタイムでリスク行動を検知してアラートを出す。2025年時点では「まだ早い」と感じる方もいますが、労災ゼロを掲げる企業ほど導入を進めているのが実情です。
La Pine のような長期・広範囲の案件ほど、安全管理担当者だけでは目が行き届きません。AIを“24時間見張り役”として現場に配置するイメージを持つと、投資対効果が見えやすくなります。
運用・維持管理フェーズ:スマートセンサー+AIで予知保全
水・下水道インフラの真価は、完成してから数十年の運用で決まります。La Pine のように、
- 大容量貯留ラグーン
- センターピボット散水設備
- 貯水タンクと井戸ポンプ
を組み合わせたシステムは、日本でも農業利用を含む広域水循環プロジェクトで増えています。
ここでAIが強いのは、設備の予知保全と需給予測です。
予知保全:壊れる前に直す
代表的な仕組みは次の通りです。
- ポンプ・ブロワ・バルブに振動・温度・電流センサーを設置
- 圧力・流量・水位・水質データ(残留塩素、濁度、硝酸態窒素など)を常時収集
- AIが過去の故障パターンを学習し、「いつ壊れそうか」を予測
- 故障予兆が出た時点で、計画停止や予備機への切り替えを指示
結果として、
- 突発停止の削減
- 夜間・休日対応の緊急出動コスト削減
- 住民への給水・排水影響を最小化
といった効果が見込めます。
需給予測とエネルギー最適化
水インフラは電気代がコストの大半を占めます。AIで需要を予測し、
- 電力単価が安い時間帯にポンプを優先稼働
- 貯水タンクやラグーンの水位を最適化
- ピークカットを行い、契約電力を抑制
といった制御を自動化すると、運転コストを10〜20%程度削減できるケースもあります。
La Pine のような小規模自治体でも、クラウド型のAIサービスを活用すれば、初期投資を抑えながら高度な運転管理が可能です。日本の簡易水道・小規模下水道でも、同じ発想がそのまま使えます。

では、日本の建設会社・自治体は何から始めるべきか
ここまで読んで、「全部やるのは大変だ」と感じた方も多いと思います。正直、いきなりフルスタックでAI導入を進める必要はありません。
水インフラ案件でのAI導入ステップを、現実的な順番で整理すると次のようになります。
ステップ1:BIMベースのプロジェクトを1件つくる
- 上下水道・ポンプ場・貯水池などを含む案件を選定
- まずは設計段階でBIMモデルを整備し、干渉チェックと数量算出までをBIMで完結
- 同時に、BIMデータを活用できるAI設計支援ツールをテスト導入
ステップ2:画像認識による安全管理を“1現場だけ”始める
- 深掘削や交通誘導などリスクの高い現場を対象に、カメラ+AIによる安全監視を試験導入
- ヘルメット・安全帯の着用確認、立入禁止違反検知など、絞った機能からスタート
- 現場からのフィードバックをもとに運用ルールを整備
ステップ3:運転中の施設で小さな予知保全から着手
- 既存のポンプ場や浄水場に後付けセンサーを設置
- 故障履歴の多い機器(ポンプ・送風機など)を対象に、AIによる状態監視を開始
- まずは「突発停止を1件減らす」レベルのKPIを設定
こうしたステップを踏めば、「AIだから難しい」という心理的ハードルはかなり下がります。大事なのは、実案件で“小さな成功体験”を作ることです。
シリーズ全体の流れの中で、このテーマが持つ意味
「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズでは、建築や土木、設備工事などさまざまな分野でのAI活用を扱っています。その中でも、水・下水道のような環境インフラは、
- 長期運用を前提としたライフサイクル視点
- 住民の健康・環境負荷に直結する責任の重さ
- 自治体予算に依存する厳しいコスト制約
という、かなり“シビアな条件”がそろった分野です。
La Pine のWWSIのような優良プロジェクトでさえ、AIを組み合わせれば、
- 設計段階の手戻り削減
- 施工中の工程・安全リスクの低減
- 竣工後の運用コスト削減と安定供給
といった面で、まだ伸びしろがあります。
日本の水インフラ更新需要は、これから数十年、確実に増えます。人手が減る一方で、求められる品質と説明責任は上がる。だからこそ、AIを「人を減らすため」ではなく、「限られた人材で品質と安全を守るため」の道具として位置づけることが重要です。
もし自社の現場や自治体プロジェクトで、
- どこからAIを入れればいいか分からない
- BIMもAIもバラバラに話が出て、全体像が見えない
- 具体的な事例をもとに社内・議会を説得したい
と感じているなら、La Pine のような水インフラ案件をモデルに、1つのプロジェクトを「AI前提」で設計し直してみるのがおすすめです。紙の上の机上検討でも、かなりの気づきが得られます。
次の大規模水インフラプロジェクトが動き出す前に、AIを前提とした体制づくりをどこまで進められるか。数年後の競争力は、ここで差がつきます。