令和6年の水害被害は約7,700億円。最大級水害のデータから、建設現場の安全管理と迅速な復旧にAIをどう生かすかを具体的に整理します。

最大級水害が突きつけた現実と、建設業の新しい責任
2024年(令和6年)、日本の水害被害額は約7,700億円。そのうち石川県だけで約4,660億円、山形県で約820億円と、統計開始以来最大の被害が国土交通省から公表されました。
輪島市や珠洲市を襲った9月の大雨、山形・秋田を中心とした7月の梅雨前線豪雨。河川の氾濫、床上・床下浸水、土砂災害、そして死者・家屋被害…。この数字は、ニュースの向こう側の出来事ではなく、建設業にとって安全管理と事業継続の前提条件が変わったことを意味します。
ここ数年、建設業界では生産性向上のためのAI活用がよく語られてきました。ただ、僕は今のタイミングではっきり方向転換が必要だと思っています。これからは「効率化のためのAI」だけでなく、災害時の安全確保と迅速な復旧のためのAIが主役になっていきます。
この記事では、国交省の水害データを出発点にしながら、
- なぜ水害リスクが建設現場の前提条件を変えているのか
- 災害前・災害中・災害後、それぞれのフェーズでAIが何をできるのか
- 中小建設会社でも始めやすいAI導入ステップ
を整理していきます。「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの中でも、防災・減災とAIに焦点を当てた回として読んでもらえればうれしいです。
データが示す、建設業に直結する水害リスクの実態
水害が建設業に与える影響は、「現場が一時中断する」レベルでは終わりません。人命・工期・コスト・信頼すべてに直撃します。
令和6年水害のポイント整理
国交省の発表から、建設業に関係する要素だけを抜き出すとこうなります。
- 令和6年の水害被害額(暫定値):全国 約7,700億円
- 被害額上位3県:
- 石川県 約4,660億円(統計開始以来最大)
- 山形県 約820億円(統計開始以来最大)
- 大分県 約230億円
- 主な災害①:9月20〜23日の大雨
- 被害額:約4,590億円
- 石川県だけで約4,543億円
- 死者17名、建物被災約2,100棟
- 土砂災害278件(土石流84件、地すべり31件、がけ崩れ163件)
- 主な災害②:7月22〜30日の梅雨前線豪雨
- 被害額:約1,070億円
- 山形県 約809億円、秋田県 約220億円
- 死者5名、建物被災約2,600棟
- 土砂災害69件(土石流6件、地すべり9件、がけ崩れ54件)
この中で、建設会社の現場担当者・経営者が真っ先に押さえておくべきポイントは3つあります。
-
豪雨の「局地性」と「頻度」が上がっている
- 特定の県・地域で統計開始以来最大の被害が出ている
- 「この地域は今まで大丈夫だった」が通用しない
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土砂災害・がけ崩れが多発している
- 9月の大雨だけで土砂災害278件
- 山間部・造成地・仮設道路など、建設現場そのものがリスク源になりうる
-
被害はインフラ・建物だけでなく、工期・人材に波及する
- 現場停止による違約金・追加コスト
- 従業員の安全確保が不十分だと、採用・協力会社との関係にも影響
ここまで来ると、「安全パトロールを強化します」「マニュアルを見直します」だけでは足りません。リスクを“勘と経験”に任せない仕組み作りが必要で、その有力な手段がAIです。
災害前にやるべきこと:AIで「危ない現場」を見える化する
災害に強い建設現場をつくるうえで、いちばんコスパがいいのは平常時の準備です。AIを使うと、この「準備」の質をかなり上げられます。
1. 地形・気象データ×AIでリスク評価
建設計画の段階から、水害・土砂災害リスクを定量的に評価するやり方です。
- 過去の降雨量データや河川水位データ
- 既存のハザードマップ
- 地形・地盤情報、斜面勾配
といったオープンデータに、AIによるリスクスコアリングを組み合わせます。
できることの例:
- 計画している仮設ヤードの位置が、過去の大雨時に冠水していた確率
- 主要搬入路が、がけ崩れリスクの高いエリアをどの程度通過するか
- 重機配置や仮設事務所のレイアウト変更で、リスクをどこまで下げられるか
ここを人手だけでやると、資料集めと判断にかなり時間がかかります。AIなら、数十〜数百パターンのシミュレーションを短時間で比較できるので、設計・施工計画段階で「リスクの低い案」を選びやすくなります。
2. 施工計画と連動した「避難しやすい現場設計」
AIとBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を連携させると、3Dモデル上で避難経路や危険エリアを視覚化できます。
- 大雨時に冠水が想定される低地
- 土砂が流入しやすい斜面方向
- クレーン・仮設足場の倒壊リスク範囲
これをBIMモデル上に重ねて、AIに**「人の動線」「重機の配置」「資材の置き場」**を評価させると、
- どこに避難経路を確保すべきか
- どの通路を常に開けておくべきか
- どのエリアは豪雨時に立ち入り禁止にすべきか
が、図面だけよりもはるかに直感的に共有できます。
僕は、ここを「安全教育のデジタル教材」として使うのがかなり有効だと思っています。外国人技能者や若手にも、3Dで見せる方が圧倒的に伝わりやすいからです。
災害が迫ったとき:リアルタイム監視と意思決定支援
水害対応で致命的なのは、「判断が遅れること」です。撤収判断・作業中止・避難指示が数十分遅れただけで、被害の桁が変わります。
ここでAIが力を発揮するのが、リアルタイムデータの監視とアラートです。
1. 気象・河川・現場センサーの統合モニタリング
最近は、こんな情報がすべてデジタルで取得できます。
- 気象レーダーの降雨予測(〇分後の降雨強度)
- 近隣河川の水位・流量
- 現場周辺の地盤ひずみセンサー、傾斜センサー
- CCTVカメラ映像、ドローン撮影画像
AIを使うと、これらをひとつのダッシュボードに集約し、「いつもと違う兆候」を自動検知できます。
- 河川水位の上昇パターンから、危険水位到達までの概算時間を提示
- カメラ画像から、斜面のひび割れ・変形を自動検出
- センサー値の急激な変化を検知したら、現場所長・安全担当に即時通知
人がずっと画面を見張らなくても、AIが“異常の目”になってくれるイメージです。
2. 「どのタイミングで止めるか」をAIが後押し
現場の難しさは、**「どの時点で工事を止めるか」**の判断です。止めすぎれば工期遅延、止めなければ安全リスク。
ここでAIができるのは、
- 過去の災害時データと現在の状況を比較し、リスクレベルを算出
- 「この雨量・水位パターンのとき、過去にはこういう被害が出た」という情報を即座に提示
- 事前に決めたルール(例:リスクレベル3以上なら全面中止)に基づく自動アラート
最終判断はもちろん人ですが、判断材料を数値と根拠付きで提示してくれるAIがいるだけで、現場責任者の心理的負担はかなり軽くなります。
災害後の復旧:AIで「早く・正確に・安全に」立ち上がる
被害が出てしまったあとの勝負は、どれだけ早く復旧プランを描き、実行に移せるかです。ここでもAIは3つの場面で役に立ちます。
1. 被害状況の把握と優先順位付け
ドローンや地上カメラで撮影した膨大な画像を、人だけでチェックしていたらとても追いつきません。画像認識AIを使えば、
- 浸水しているエリアの自動抽出
- 崩落・陥没が疑われる箇所のマーキング
- 仮設道路や仮設構造物の損傷度分類
といった処理を短時間で行えます。
その結果をGISやBIMに重ねれば、「どこから手を付けるべきか」が客観的に見えてきます。
2. 復旧工程の自動スケジューリング
水害・土砂災害の復旧は、通常の工事よりも制約条件が多いのがポイントです。
- 一部道路が通行止め
- 資材の入手に時間がかかる
- 作業員・重機が限られている
工程管理AI(スケジューラ)を使うと、
- 使える人員・重機・資材を入力
- 優先度の高い作業(ライフライン復旧など)を設定
したうえで、最短で復旧できる工程案を自動で出してくれます。
ここに、平時から使っている工程管理システムやBIMモデルを連携させておくと、災害時でも「ゼロから段取りを考え直す」必要がなくなります。シリーズ全体のテーマである生産性向上と安全管理のためのAIが、そのまま災害復旧にも生きる構図です。
3. 災害対応の記録とナレッジ化
復旧が終わったあと、AIは**「経験の言語化・データ化」**にも使えます。
- 日報・写真・チャットのログをAIが読み込み、対応のタイムラインを自動整理
- うまくいった判断・遅れた判断を抽出し、「教訓リスト」としてまとめる
- 次の災害時マニュアルや訓練シナリオのたたき台をAIに生成させる
これを各現場ごとに蓄積すれば、会社としての「災害対応力」が世代を超えて残ります。熟練の所長の経験を、AIを使って組織の資産にするイメージです。
中小建設会社が今からできるAI導入ステップ
「ここまで読んで、必要性は分かった。でも何から始めればいいか分からない」という声が一番多いところだと思います。
現実的なステップは、次の3段階です。
ステップ1:まずは「データが残る」現場にする
AI以前に、データがなければ何もできません。特別なことをする必要はなく、
- 日報を紙からデジタルに変える
- 安全パトロール記録をアプリで残す
- 写真をクラウドに整理して保管する
といったところからで十分です。ここから**自社なりの“平常時の姿”**がデータとして残り、AIが使える土台になります。
ステップ2:小さなAIツールを1つ決めて試す
いきなり全部をAI化しようとすると、ほぼ失敗します。おすすめは次のような「一点突破」です。
- 画像認識AIによる安全ヘルメット・保護具着用チェック
- ドローン+AIによる土砂崩れリスク箇所の定期点検
- 気象・河川データ連携のシンプルなアラートシステム
災害対応と相性が良いのは、「監視・検知」系のAIです。小さい現場でも導入しやすく、効果が分かりやすいので、社内の理解も得やすいはずです。
ステップ3:BIM・工程管理とつなげて“仕組み化”する
ステップ2までできたら、「単発ツール」から現場全体の仕組みに広げていきます。
- BIMモデル上で危険エリア・避難経路を見える化
- 工程管理システムと連携して、大雨予測時の自動リスケ案をAIに作らせる
- 会社全体で災害対応マニュアルをAIと一緒にアップデート
ここまで来ると、「AIがあるから災害に強い会社」と胸を張って言えるレベルになります。採用・元請からの評価・金融機関との対話でも、明確な差別化ポイントになります。
これからの10年、「AIの有無」が災害対応力の差になる
令和6年の水害データは、ただの統計ではなく、建設業界への現実的な警告だと受け止めるべきだと思います。豪雨・水害・土砂災害は、これからも確実に増えます。そこに「人手不足」「高齢化」が重なるのが、今の建設業の姿です。
だからこそ、「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」というテーマは、単なる効率化の話では終われないと感じています。AIは、現場で働く人の命を守り、地域の復旧を早め、会社の存続を支える道具にもなります。
もしあなたの会社が、
- 水害・土砂災害リスクの高い地域で仕事をしている
- 若手や外国人技能者が増えてきて、安全伝達に不安がある
- 災害時の「判断の重さ」に現場責任者が悩んでいる
なら、今年中に**「AIを使った安全管理と災害対応」をテーマにした小さなプロジェクト**を1つ立ち上げてみてください。完璧な計画はいりません。まずはデータを残し、1つのAIツールを試すところからで十分です。
10年後、「あのときAIに手を付けておいて良かった」と言える会社と、そうでない会社の差は、想像以上に大きくなります。今の水害統計は、その未来をかなりはっきりと示しているように思います。