複合施設「Splash」を題材に、BIM連携・安全管理・省エネ設備まで、建設現場でAIをどう使えば複雑なプロジェクトを安全かつ高効率でまとめられるかを解説します。

複雑な複合施設を“普通に”完成させるにはAIがいる
8階建て・延べ約3万1,000㎡、住戸219戸、歴史的建築の改修、さらに高効率なオール電化設備──米ポートランドの複合施設「Splash」は、これだけの要素をまとめ上げてENRのOffice/Retail/Mixed-Use部門 Award of Meritを受賞しました。
正直、ここまで複雑なプロジェクトを「予定通り・安全に・高品質で」まとめるのは、人の勘と根性だけではかなり厳しい時代です。日本の建設現場も同じで、職人不足が進む一方、案件は大型化・複雑化しています。
この記事では、「Splash」の特徴をなぞりながら、日本の建設現場がAIとBIMをどう使えば、同レベルの複合施設を安全かつ高効率で実現できるかを具体的に整理します。シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として、実務に落とし込みやすい視点でまとめました。
Splashとは何か:複雑さの“見える化”から考える
結論から言うと、「Splash」はAI活用を前提にすると設計・施工の難所がよく見える教材です。
プロジェクト概要(AI視点で見る“難所リスト”)
- 元ペプシ工場跡地の再開発(産業系から都市型複合施設へ用途転換)
- 8階建て・延床約335,000sq-ft(約31,000㎡)の住宅棟
- 219戸:ライブ&ワーク、タウンハウス、廉価住宅、市場価格住宅が混在
- 2つの住宅タワーを6本のスカイブリッジで接続
- 共用地下駐車場
- 居住者・周辺住民が集う約800㎡超のコミュニティプラザ
- 隣接する1961年建設の歴史的建築「Pepsi Pavilion」の改修
- グルーラム梁(集成材梁)の一部に深刻な腐食
- 必要最小限のみ鋼製接合部で補強し、梁形状を個別に復元
- 給湯は**オール電化のリバースサイクルチラー(RCC)**を採用
- 一般的な集合住宅ではほとんど使われないシステム
- 給湯エネルギー使用量を最大63%削減
このプロジェクトを日本の文脈で言い換えると、
「既存工場跡地に、歴史的建築を生かしつつ、住宅・店舗・オフィス・広場を一体で整備し、高効率設備も盛り込む計画」
です。こうした複合施設は、日本でも政令市レベルの再開発では珍しくありません。問題は、その設計調整・施工計画・安全管理・品質確保をどうやって回すかです。
ここから先は、Splashのポイントを軸に、AIがどこで効いてくるのかを整理していきます。
ポイント1:混在機能の調整は「BIM×AI」でないとキツい
複合施設開発では、用途ごとに安全基準・設備負荷・動線計画が変わります。Splashのように、
- ライブ&ワーク
- タウンハウス
- 廉価住宅
- 市場価格住宅
- 商業・コミュニティプラザ
が混在すると、**「誰のための動線か」「どの設備容量をどこに持たせるか」**の調整だけで相当な工数になります。
BIMモデルにAIを乗せると何が変わるか
BIM(Building Information Modeling)をベースに、AIを組み合わせると、次のようなことが実現できます。
- 設備・躯体の干渉チェック自動化
- ダクト・配管と梁・スラブの干渉をAIが自動検出
- 修正パターンを優先度付きで提案
- 動線設計のシミュレーション
- 入退館、エレベータ待ち、商業施設への流入をAIがエージェントシミュレーション
- 混雑しやすいポイントを事前に可視化
- 用途別の避難計画チェック
- 避難距離・幅員・収容人数をAIが自動計算し、法令適合状況をレポート
日本の現場で「BIMを作ったものの、干渉チェックと図面出しで終わっている」ケースは多いです。ただ、Splash級の複合施設になると、BIMをAIで“動かす”前提でないと設計調整コストが跳ね上がるのはほぼ確実です。
BIMは「静止画」、AIはそれを「シミュレーション可能な動画」に変えるエンジンだ、くらいに捉えると分かりやすいです。

ポイント2:歴史的建築・既存構造の改修はAIで“壊さない設計”をする
Splashでは、1961年建設のPepsi Pavilionを極力そのまま残しつつ安全性を確保するという難題がありました。構造解析の結果、グルーラム梁には深刻な腐食が見つかりましたが、
- 最小限の梁だけを鋼製接合部で補強
- それ以外はオリジナルの形状を再現
- 各梁の曲率(ラジアス)がバラバラのため、一本ずつ形を合わせて施工
という、かなり繊細な改修を行っています。
日本の「既存不適格」「耐震補強」でも同じ課題がある
日本の建築分野でも、
- 既存不適格建物の扱い
- 歴史的建築物の保存改修
- 工場・倉庫の用途変更(コンバージョン)
では、「全部壊して建て替えれば楽だが、社会的にも環境的にも許されない」場面が増えています。ここでAIを入れると、次のようなことが可能です。
1. 点群×AIで既存構造を“正確に”モデル化
- 3Dレーザースキャンで取得した点群データをAIが自動分類
- 柱・梁・壁・スラブを自動認識してBIM化
- 歪み・たわみ・腐食がある部位のリスク度合いをスコア化
2. 補強案の比較検討をAIで高速化
- 何パターンもの補強案をAIが自動生成
- 初期コスト・ライフサイクルコスト・CO₂排出量を同時に評価
- 「安全性・景観・コスト」のバランスが良い案を絞り込み
Splashのように「一本ずつ形状が違う梁」の施工でも、AIを使えば、
- 個々の梁形状の自動抽出
- 製作図の半自動生成
- 工場製作と現場精度のギャップ予測
といった支援が可能です。結果として、職人の勘や経験を“AIで下支え”する形で、壊さずに直す設計・施工がやりやすくなります。
ポイント3:省エネ設備の複雑な設計もAIで“初期から最適解”へ
Splashでは、集合住宅としては珍しいリバースサイクルチラー(RCC)方式のオール電化給湯を採用し、給湯エネルギーを最大63%削減しています。同時に、
- 給気・排気の容量計画
- 電気負荷管理
- 機器スペース確保
など、通常以上に複雑な設備調整が必要になりました。
ZEB・省エネ基準適合が“前提”になる日本でも無視できない
日本でも、

- 省エネ基準の義務化範囲拡大
- ZEB/ZEH-Mの推進
- オール電化+再エネの組み合わせ
が本格化しています。ここでAIを使うと、
-
エネルギーシミュレーションの自動化
- BIMモデルから自動で負荷を読み取り、年間エネルギー消費量・ピーク電力をAIが予測
- 空調・給湯・照明・コンセント負荷を用途別に分解
-
設備容量とコストの自動チューニング
- 機器容量を大小変えた場合の初期コスト・ランニングコストを短時間で比較
- 太陽光+蓄電池の適正容量も同時検討
-
配管・配線ルートの自動提案
- 躯体との干渉を避けつつ、配管長・圧力損失・施工性をAIが評価
が可能になります。結果として、
「まず概算で設備容量を決めて、実施設計段階で微調整」という従来プロセスから、計画初期からほぼ最適解に近い案でスタートできるようになります。
これは、そのままコスト超過リスクの低減と発注者との合意形成のスピードアップにつながります。
ポイント4:安全管理は「画像認識AI+工程データ」で“先読み”する
ここまで設計寄りの話をしてきましたが、シリーズテーマである安全管理の観点で見ると、Splash級の複雑な現場ほどAIの価値が高まります。
2棟+スカイブリッジ+地下駐車場+既存改修という構成は、日本で言えば、
- 躯体工事と仕上工事が同時多発
- 高所作業・開口部が多数
- 既存建物側との取り合い部分で行き違い作業が頻発
という、安全上のリスク要因が詰まった現場です。
画像認識AIでできる安全管理
現場カメラと画像認識AIを組み合わせると、次のような**“常時見守り”**が可能です。
- ヘルメット・安全帯未着用の検知
- 危険エリア(開口・床端部)への人の侵入検知
- 重機と人の接近を検知しアラート
- 整理整頓状況をスコア化し、危険度の高いゾーンを可視化
特にスカイブリッジのような高所・狭隘部では、少しの油断が重大災害につながります。人手不足で監督者の目が行き届きにくい今、AI監視は「監督を置き換える」のではなく「監督の視野を広げる」役割と考えるべきです。
工程管理AIと組み合わせると“危ない曜日・危ない時間帯”が見えてくる
さらに、工程データ(どの工区で何工種が作業しているか)と安全データ(ヒヤリハット・指摘事項)をAIに学習させると、
- 作業が重なりやすく事故リスクが高い工程パターン
- 事故が起こりやすい曜日・時間帯・気象条件
- 特定の工種・サブコンのミス傾向
が見えるようになります。
そうすると、

- 危険度が高い日は安全担当者を増員
- 危険な工程の組み合わせを事前に避けるよう工程を修正
- 特定工種向けにピンポイントで安全教育を実施
といった**“先に手を打つ”安全管理**に変えていけます。
これからAI導入を考える建設会社がやるべき3ステップ
ここまで読んで、「うちの会社規模でSplashみたいなプロジェクトはないけど……」と感じた方もいると思います。ただ、AIの使い方は規模に関係ありません。むしろ小さく始めて、複雑案件にも耐えられる体制を今から作っておくべきです。
僕が現場の方と話していて、「ここから始めるのが現実的だな」と感じるステップは次の3つです。
ステップ1:BIM・図面・工程表を“デジタル資産”として整える
- BIMがなくても、まずは2D図面・工程表・出来形写真を整理
- クラウドで一元管理し、AIが触れる状態にしておく
- 将来的にBIM導入を見据え、物件ごとにデータ構造をある程度統一
ステップ2:安全管理か工程管理のどちらか一方からAIを試す
- 画像認識AIでのヘルメット検知など、分かりやすいユースケースから開始
- あるいは工程表から遅延リスクをAIに予測させるツールを試す
- 1現場または1工区に限定し、3〜6か月で効果と課題を検証
ステップ3:成功例をテンプレ化し、複雑案件でフル活用
- 成功した現場のワークフローを標準化
- 次に、用途混在や既存改修を含む案件(Splash型の複雑案件)でフル活用
- 発注者への提案段階から「AIを活用した安全・省エネ・工程管理」を前面に出す
AI導入は「1つのツール導入」ではなく、「AI前提の仕事のやり方」に会社全体をチューニングしていくプロセスです。
まとめ:次の受注競争で勝つのは「AI前提で考えられる会社」
Splashが示しているのは、単なるデザインの良さではなく、
- 用途混在の複合施設
- 既存建築の高度な改修
- 高効率で複雑な設備計画
- 歩行者中心の都市空間づくり
といった“難易度の高い条件”をきちんと整理し、現実の建物としてまとめ上げる力です。そして、日本の建設業界も確実に同じ方向へ向かっています。
この流れの中で、AIなしで複雑案件をやり切るのは、数年後には「無理筋」になっていくと僕は見ています。逆に言えば、今からAIとBIMを安全管理・工程管理・設備計画に少しずつ組み込んでいけば、
- 複雑案件への対応力
- 省エネ・環境配慮への説得力
- 安全管理の信頼性
を武器に、発注者から選ばれる存在になれます。
このシリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、今後も具体的なツールや導入ステップ、現場での運用ノウハウを掘り下げていきます。自社のどこからAIを入れるべきか悩んでいる方は、次の記事もぜひチェックしてみてください。
次に社内で検討するとしたら──あなたの現場では、「Splash級の複雑さ」をどこからAIに任せてみますか?