港湾工事で進むi-Construction 2.0とインフラDXを解説。作業船の自動化や水中ICT機械、BIM/CIM×AI活用まで、生産性1.5倍と安全向上への具体策を示します。

はじめに:港湾工事にも押し寄せる「AI×インフラDX」の波
建設業界全体で人手不足と技術者の高齢化が深刻化するなか、とりわけ港湾工事は「海上」「水中」という特殊な環境ゆえに、省人化と安全確保の両立が難しい分野とされてきました。
そうした中、国土交通省が「港湾におけるi-Construction・インフラDX推進委員会」を継続開催し、ICT施工の普及拡大や海上施工のオートメーション化、BIM/CIMと3次元データの徹底活用を進めていることは、港湾・土木分野に関わる技術者にとって大きな追い風と言えます。
本記事では、この委員会の動きを起点に、シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として、港湾工事におけるi-Construction 2.0とAI・インフラDXの具体像をわかりやすく解説します。単なる制度紹介ではなく、現場で何が変わるのか、どのようなAI活用が実務的に有効なのかを、実務担当者・経営層双方の視点から整理していきます。
1. i-Construction 2.0が示す「2040年・生産性1.5倍」のインパクト
1-1. 2040年までに省人化3割・生産性1.5倍という目標
国土交通省は、建設現場の将来像として**「2040年度までに省人化3割(少なくとも)、生産性1.5倍」**という大胆な目標を掲げ、「i-Construction 2.0」を推進しています。港湾工事もこの大きな流れのど真ん中にあります。
港湾工事に当てはめると、例えば次のような変化が想定されます。
- 同じ規模の岸壁整備を、現在より3割少ない人数で施工可能に
- 曳船・起重機船・浚渫船などの運航や位置制御を自動化・半自動化
- 潜水士・オペレータの「勘と経験」を3次元データとAIで見える化・標準化
これらは単なるコスト削減にとどまらず、事故リスクの低減や若手が参入しやすい現場環境づくりにも直結します。
1-2. 港湾特有のDXテーマ:海上・水中・大水深
港湾工事のDXには、陸上土木とは異なる特徴があります。
- 海上という不安定な作業環境
- 水中での視界不良・作業困難
- 大水深・大規模構造物の設計・施工
こうした条件下では、AIとセンサー技術の活用が、他分野以上に効果を発揮します。今回の委員会でも、
- ICT施工の普及拡大
- 海上工事のオートメーション化(作業船の自動・自律化、水中ICT建設機械の遠隔操作化)
- 港湾整備BIM/CIMクラウドと施工管理ソフト等とのデータ連携
といったテーマが議論されています。これらはすべて、港湾DXにおけるAI活用の土台となる要素です。
2. 港湾工事におけるICT施工DX:3次元データとAIの活かし方
2-1. ICT施工要領のスリム化が意味するもの
委員会では「ICT施工の普及拡大のための各種要領のスリム化」も検討対象とされています。これは、現場から見ると次のようなメリットにつながります。
- 書類作成・チェックにかかる手間の大幅削減
- 要領の解釈違いによる手戻りの減少
- 中小企業でも取り組みやすいシンプルなルール体系への移行
ここにAIを組み合わせると、さらに一歩進んだ運用が可能になります。
AI活用の具体イメージ
- 仕様書・要領を読み込んだAIが、電子出来形データを自動チェック
- ドローンやマルチビーム測深の点群データから、自動で出来形判定レポートを生成
- 書類の様式チェックや不足資料の洗い出しをチャットボット形式で支援
「要領のスリム化+AIによる自動チェック」によって、現場管理者の事務負担を大きく減らし、本来の施工管理に集中できる環境が整っていきます。
2-2. 3次元データ利活用とBIM/CIMクラウドの役割
港湾局では、港湾整備BIM/CIMクラウドシステムと市販施工管理ソフトとのデータ連携もテーマとして取り上げています。ここが、AI導入の「心臓部」となるポイントです。
3次元データ・BIM/CIM・AIを組み合わせると、次のようなことが可能になります。
- 計画段階で、AIが最適な施工手順や仮設備計画をシミュレーション
- 起重機船の作業範囲・干渉リスクを3D上で可視化し、安全余裕度を定量評価
- 施工中に取得した計測データをリアルタイムにBIM/CIMモデルへ反映し、進捗と出来形を自動更新
特に、複数の元請・下請が関わる港湾工事では、共通の3Dプラットフォーム上で情報を共有することが、AI活用効果を最大化する前提となります。
3. 海上工事オートメーション化:作業船と水中建設機械×AI
3-1. 作業船の自動・自律化で変わる安全管理
委員会の議題の一つが、**「海上工事のオートメーション化を目指した作業船の自動・自律化」**です。ここにもAIの活躍の場が広がっています。
想定される取り組みには、次のようなものがあります。
- GNSSと慣性計測装置を用いた作業船の自動位置保持(自動DP)
- AIによる気象・海象データ分析に基づく作業可否判断の支援
- 他船・構造物との接触リスクを検知する画像認識ベースの衝突予防支援
これにより、次のような効果が期待できます。
- 船長・オペレータの負荷軽減とヒューマンエラーの削減
- 荒天時や夜間作業の安全性向上
- 少人数で複数船を同時管理する集中監視・運航体制への移行
3-2. 水中ICT建設機械の遠隔操作とAI画像認識
もう一つの重要テーマが、水中ICT建設機械の遠隔操作化です。潜水作業の代替として、ROV(遠隔操作無人潜水機)や水中重機の活用が進む中、AIは次のような形で活用できます。
- 水中カメラ映像に対するAI画像認識による障害物検知・構造物判別
- 水中での視界不良を補うための画像補正・ノイズ除去
- オペレータの操作ログから、最適な操作パターンを機械学習してアシスト
これにより、
- ベテラン潜水士の「目」と「勘」を、AIがデジタルに再現・継承
- 若手オペレータでも、AIの支援を受けながら一定以上の品質・安全レベルを確保
- 高リスク環境への人の立ち入りを減らし、安全管理レベルを一段引き上げる
ことが可能になります。
4. 港湾工事でAI導入を進めるためのロードマップ
4-1. スモールスタートの鉄則:まずは「見える化」から
「AI導入」と聞くと大掛かりな投資をイメージしがちですが、港湾工事においても、まずは小さく始めて効果を実感し、段階的に拡大することが成功の王道です。
おすすめのステップは次の通りです。
-
データ収集・整理フェーズ
- 施工履歴、出来形データ、気象・海象データ、船舶位置情報などを一元管理
- 既に取得している3D点群・BIM/CIMデータの棚卸し
-
AIによる分析・可視化フェーズ
- 進捗・出来形のダッシュボード化
- 作業時間・待機時間の分析によるボトルネックの特定
-
局所自動化フェーズ
- 書類チェックの自動化
- ドローン測量データからの出来形判定の半自動化
-
オペレーション全体最適化フェーズ
- 作業船配船計画のAI最適化
- 施工計画のシミュレーションと自動最適化
段階を踏むことで、現場の抵抗感を抑えつつ、投資対効果を確認しながら着実にDX・AI活用を進めることができます。
4-2. 人材と組織:AIを使いこなす「現場DX人材」の育成
AIやインフラDXを機能させるには、「システムを入れたら終わり」ではなく、現場で使いこなせる人材・組織づくりが不可欠です。
港湾工事で求められる現場DX人材のイメージは、次の通りです。
- 施工管理の実務を理解しつつ、3DデータやICT施工の基礎を押さえている
- AIツールを「ブラックボックス」としてではなく、結果を正しく解釈し、現場判断に落とし込める
- 若手とベテランの橋渡し役として、熟練技術のデジタル継承をリードできる
そのために企業として取り得る施策は、
- 港湾DX・AI活用をテーマにした社内勉強会・OJT
- 外部研修や産学官連携プロジェクトへの積極参加
- DX人材を評価する社内制度・キャリアパスの整備
などです。国の委員会で検討される基準類も、こうした取り組みを後押しする重要なインフラとなっていきます。
5. 「インフラDX×AI」で港湾工事の未来をデザインする
「港湾におけるi-Construction・インフラDX推進委員会」では、2025年度に複数回の委員会を開催し、その成果を取りまとめていく予定とされています。これは、港湾工事のDX・AI活用に関する標準やルールが、今まさに形作られている最中であることを意味します。
本シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」でも繰り返しお伝えしている通り、AIは魔法の杖ではありません。しかし、
- ICT施工の要領スリム化
- 作業船・水中建設機械の自動化・遠隔化
- BIM/CIMクラウドと3次元データの連携
といったインフラDXの流れと組み合わせることで、港湾工事の生産性1.5倍と安全レベル向上を、現実的な目標として捉えられる時代になっています。
今、各社・各現場に求められているのは、
- 「自社の港湾工事で、どこからAIとDXを始めるのか」
- 「5年後、10年後にどのような姿を目指すのか」
を明確に描き、小さな一歩を踏み出すことです。
次の港湾プロジェクトで、あなたの現場ではどのプロセスからAI・インフラDXを取り入れていくのか。この問いへの答えが、2040年に向けた競争力と安全性を左右していきます。