入契法改正で自治体の4割がICT活用を助成する今は、建設現場のAI・ICT導入の追い風です。生産性向上と安全管理を両立する具体策と、助成を活かす導入ステップを解説します。

はじめに:ICT・AI活用は「待ったなし」から「追い風あり」の時代へ
2025年も終わりに近づく中、建設業界では**ICT・AI活用が「やった方がよい施策」から「やらなければ損をする施策」**へと明確に変わりつつあります。
入札契約適正化法(入契法)の改正により、2024年12月からは公共工事発注者に対し、建設会社のICT活用を助成・指導する努力義務が課されました。最新の調査では、都道府県・政令市の約4割が、すでにICT活用を支援する制度を整備していることが分かっています。特に九州・沖縄や北海道・東北では、その割合が高いという結果です。
本記事は、シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として、
- なぜ今、自治体の助成制度が重要な追い風になるのか
- 助成をテコに、現場のICT・AI活用をどう進めるべきか
- 生産性向上と安全管理を両立する具体的な活用シナリオ
を、実務担当者目線で整理します。自社のDX・AI投資を「コスト」で終わらせず、「利益」と「人手不足対策」につなげるためのヒントにしてください。
1. 入契法改正と自治体助成の現状を整理する
まず、今回のニュースの背景となる制度面を簡潔に押さえておきます。
1-1. 入札契約適正化法で何が変わったのか
入契法の改正により、2024年12月から公共工事の発注者には、次のような努力義務が明記されました。
- 建設会社によるICT・デジタル技術の活用を促進すること
- 必要に応じて助成や指導、支援措置を講じること
ここで言うICT活用は、単なるパソコン・タブレットの導入にとどまらず、
- ドローンや3次元計測
- BIM/CIM
- クラウド型の工程・出来形・品質管理
- 画像認識AIによる安全監視
といった建設DX・AI活用全般を含むものとして捉えられています。
1-2. 約4割の自治体がすでに助成制度を整備
調査によると、法制化から1年弱のタイミングで、
- 都道府県・政令市の39%にICT活用の助成制度が存在
- ブロック別では、九州・沖縄、北海道・東北で制度整備が進んでいる
という状況です。
これは裏を返せば、
今動けば、「先行組」として自治体の支援を取り込みやすい
というチャンスでもあります。特に地方圏の中小建設会社にとって、自治体助成は高額な初期投資を抑えつつAI・ICTを試せる貴重な機会です。
2. 建設会社が狙うべきICT・AI活用領域
助成制度を「何に使うか」で、投資効果は大きく変わります。このシリーズのテーマである**「生産性向上」と「安全管理」**の両面から、優先度の高い領域を整理します。
2-1. 生産性向上:少人数で現場を回すためのAI活用
人手不足・技術者高齢化が進む中で、以下のようなAI・ICTは即効性が高い投資先です。
(1) 画像認識AIによる出来形・進捗確認
- ドローンや固定カメラの画像から、AIが土量や出来形を自動判定
- 日々の進捗写真をAIが解析し、「遅れリスクのある箇所」を可視化
これにより、
- 現場代理人が机上で複数現場の進捗を一括把握
- 出来形確認の現地立会いや再測量を大幅に削減
といった効果が期待できます。
(2) AIを組み込んだ工程管理・段取り最適化
- 天候データや過去の実績を学習したAIが、工程遅延リスクを予測
- 重機や作業員の配置をシミュレーションし、ムダな待ち時間や手戻りを削減
特に冬期施工・台風シーズンなど、工程が天候に左右されやすい地域では、「気合と勘」に頼らない工程管理が競争力になります。
(3) 熟練技術のデジタル継承
- ベテランの施工手順を動画+音声で記録し、AIがポイントを自動抽出
- 新人向けに「この作業の注意点」「過去の失敗事例」を現場でポップアップ表示
技能実習生や若手技術者にも、バラつきの少ない教育コンテンツを展開できます。
2-2. 安全管理:現場の「見守り役」としてのAI
安全管理は、すでに多くの発注者・元請が評価項目に入れ始めている領域です。
(1) 画像認識AIによる危険行動の検知
- CCTVカメラ映像から、AIがヘルメット未着用・危険エリア侵入・高所作業の不安全状態などを検知
- 異常時にアラートを飛ばし、ヒヤリハットを「事故になる前」に潰す
人手による安全巡回だけではカバーしきれない時間帯・死角を、AIが補完します。
(2) ウェアラブル・IoTと連携した見守り
- 作業員の位置情報・バイタルデータを取得し、熱中症リスクや転倒を早期検知
- 重機と人の接近をセンサーで検知し、音や光で警告
労災発生時の記録にもなるため、原因究明と再発防止策の検討にも役立ちます。
3. 自治体助成を最大限に活かす導入ステップ
「制度があるのは分かったが、実際にどう動けばよいか分からない」という声は少なくありません。ここでは、中堅・中小建設会社が現実的に踏み出せるステップを整理します。
3-1. ステップ1:自社の課題を「お金に換算」して可視化
助成を使うにしても、投資対効果が分からないままでは社内合意が得られません。
まずは次のような視点で、自社の課題を数字に落とし込みます。
- 残業時間:現場監督1人あたり、月何時間を写真整理・書類作成に使っているか
- 安全管理:ヒヤリハットや軽微な事故が、年に何件発生しているか
- 手戻り:検査のやり直し・再施工によって、どれだけ追加コストが出ているか
例えば、
現場監督5名が、1日あたり1時間を書類作成に費やしている
とすると、
- 1日5時間 × 月20日 = 月100時間
- 年換算で約1200時間
になります。この一部でもAI・ICTで削減できれば、ソフトウェア費や機器費を十分に回収できる可能性があります。
3-2. ステップ2:自治体のメニューと自社ニーズをマッチング
自治体の助成制度は、例えば次のような形態があります。
- ICT機器導入補助(ドローン、3Dスキャナ、ウェアラブルなど)
- ソフトウェア利用料の補助(クラウド型施工管理、AIカメラサービスなど)
- 実証実験・パイロット事業への採択(費用の一部・全部を自治体が負担)
これを、先ほど可視化した自社課題に最も効きそうな領域に紐づけていきます。
例:
- 書類負担が重い → クラウド施工管理+AIによる自動写真仕分け
- 安全管理が弱い → 画像認識AIカメラ+ウェアラブル
- 3次元設計案件が増えてきた → BIM/CIMソフト+3D計測機器
「補助対象だから導入する」のではなく、自社のボトルネックを解消するために、たまたま補助が使えるという順番で考えることが重要です。
3-3. ステップ3:小さく試して、効果が見えたら横展開
AI・ICT導入では、最初から全社展開に踏み切るよりも、
- 1現場または1部署でパイロット導入
- 定量・定性の効果を計測
- 成功パターンを標準化し、他現場へ横展開
というステップを踏む方が、現場の納得感と成功率が高くなります。
特にAIは、「最初から100点」を目指すよりも、
- まずは80点でも人のチェックとセットで使う
- 現場からのフィードバックを基に精度向上や運用ルールを改善
という「共進化」型の導入が適しています。
4. 現場で使い倒すための運用ポイント
制度とツールを揃えただけでは、AI・ICTは宝の持ち腐れになりかねません。現場で使い倒してもらうためのポイントを整理します。
4-1. 「AIは監視役ではなく、味方」であると伝える
安全カメラや位置情報の活用は、現場から「監視される」という抵抗感が出がちです。そこで、導入時には次のようなメッセージを徹底します。
- 目的はサボり監視ではなく、事故から命を守ること
- データは個人攻撃ではなく、職場環境の改善・設備投資の根拠に使うこと
- 異常検知は、責任追及よりもまず原因分析と再発防止のために活用すること
経営層や所長クラスが、こうしたスタンスを繰り返し示すことで、現場に浸透しやすくなります。
4-2. 「デジタル担当」を明確にし、人事評価にも反映
AI・ICTの運用は、「誰の仕事か」が曖昧だとすぐに形骸化します。
- 現場ごとに**デジタル推進担当(若手でも可)**を任命
- 週次・月次会議で、ICT・AIツールの活用状況を共有
- ツール活用による改善提案を、人事評価の加点項目とする
といった仕組みを作ることで、「紙仕事が減った」「安全指標が改善した」成果を見える化できます。
4-3. ベンダー任せにせず、「現場の声」をぶつける
AI・ICTベンダーは、建設現場の細かな運用をすべて理解しているわけではありません。導入後こそ、
- 日々の不満点や改善要望を、遠慮なくベンダーに伝える
- 月1回程度の定例ミーティングで、実際の画面やデータを見ながら議論する
ことで、ツール自体も自社仕様に近づいていきます。これにより、他社との差別化につながる「自社の強み」としてのAI運用が育っていきます。
5. これから1〜2年で起こる変化と、今取るべき一手
入契法による努力義務化と、自治体助成の広がりにより、今後1〜2年で次のような変化が予想されます。
- 入札・総合評価でのICT・AI活用実績のウエイトが増加
- 「ICT施工」「AI活用」の有無が、発注者の安心材料・リスク評価項目になる
- 若手技術者・技能者から見た「働きたい企業像」が、デジタル活用前提へとシフト
つまり、ICT・AI活用は単なるコストではなく、「受注力」と「採用力」を左右する要素になっていくということです。
今からできる実務的なアクションとしては、次の3つが挙げられます。
- 自社が工事を受注している自治体・発注機関ごとに、ICT・AI関連の助成や評価項目を一覧化する
- 2026年度末までに、少なくとも1〜2現場でAI活用を組み込んだ「モデル現場」を作る
- その成果を、**次年度の入札時に提示できる資料(事例シート・数値データ)**として整理する
おわりに:先行投資を「人と現場を守る武器」に変える
都道府県・政令市の約4割が、建設会社のICT活用を助成する時代になりました。これは、AI・ICTを試し、学び、本格導入へと進むための絶好のタイミングです。
本シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、今後も、
- 画像認識AIによる安全監視の具体的な導入手順
- BIM/CIMとAIを組み合わせた工程最適化の事例
- 熟練技術のデジタル継承の成功パターン
などを、より踏み込んで解説していきます。
自社の現場にとって、最初に取り組むべきAI・ICTはどこか。どの助成制度を活用できそうか。一度社内で議論し、「最初の1現場」を決めることから始めてみてはいかがでしょうか。
数年後、「あの時に一歩踏み出しておいて良かった」と言えるかどうかは、まさに今の意思決定にかかっています。