シアトル水族館Ocean Pavilionを題材に、AIで大規模建設の生産性と安全管理をどう高めるかを具体的に解説します。

シアトル水族館オーシャンパビリオンが教えてくれること
141百万ドル、延床約4,600㎡。巨大な人工リーフを一発打設し、43万フィートを超えるMEP・ライフサポート配管を詰め込み、しかもオール電化+低炭素でLEED Gold・ゼロカーボン認証を狙う——。
シアトル水族館の新施設「Ocean Pavilion」は、2025年のENR West Best Projectsでスポーツ/エンターテインメント部門のMeritを受賞したプロジェクトです。この記事では、この水族館プロジェクトを題材にしながら、日本の建設会社がAIを使って生産性向上と安全管理をどう進めるべきかを具体的に整理していきます。
日本でも2025年問題、人手不足、カーボンニュートラル対応が重なり、従来のやり方だけでは現場が回らなくなりつつあります。こうした高難度プロジェクトこそ、AI×BIM×施工管理の真価が問われる場面です。
Ocean Pavilion プロジェクトの全体像と難しさ
まず、元になっているENR記事の要点を整理します。このプロジェクトがどれだけ複雑だったかがわかると、「ここにAIを入れると効く」というイメージが一気にクリアになります。
プロジェクトの特徴
- 事業費:約141百万ドル
- 規模:約50,000 sqft(約4,600㎡)
- 用途:水族館(展示+バックヤード機能+来館者動線)
- 施主:Seattle Aquarium Society
- 設計:LMN Architects
- 施工:Turner Construction
- 構造:Magnusson Klemencic Associates
- MEP:PAE Consulting Engineers
技術的なハイライト
1. 巨大リーフ構造の構築
- カスタムCNCフォームで複雑形状の型枠を作成
- 鉄筋:335トン
- コンクリート:720㎥を22時間連続打設
2. MEP・ライフサポートの高密度配管
- MEP+ライフサポート配管:総延長 約435,000フィート
- 機器:200台以上
- 高密度空間での干渉回避と施工順序の最適化が必須
3. 上部をまたぐオーバールックウォーク
- 水族館本体の上を跨ぐ歩廊(ブリッジ)構造
- タワークレーン同士の干渉、橋梁支保工、リショアリングの綿密な計画
- 仮設鋼材で荷重をライフサポート室・電気室を避けて迂回させる構造
4. カーボンニュートラル志向の設備設計
- オール電化
- 半閉鎖式の海水循環:水の96%を再利用
- 再生鉄筋・低炭素コンクリートでエンボディドカーボン32%削減
- LEED Gold取得、Zero Carbon認証もターゲット
ここまで見ると、単純に「高難度の意匠設計」ではなく、構造・MEP・仮設・設備運用・環境性能が強く絡み合った総合難易度の高い案件だと分かります。日本で言えば、
大型水族館+駅前再開発+ZEBビルを一体でつくる
くらいの複雑さをイメージすると近いかもしれません。

もしこのプロジェクトを日本でやるなら、AIをどこに入れる?
ここからが本題です。もし同じようなプロジェクトを日本で進めるとしたら、AIをどのプロセスに組み込むと、リスクを下げつつ生産性を上げられるかを整理してみます。
1. 施工計画・工程管理:AIで「詰め込み過ぎ」を見える化
Ocean Pavilionでは、
- 巨大リーフの22時間ぶっ通し打設
- タワークレーン複数台の干渉リスク
- ブリッジの仮設と本設の同時進行
- ライフサポート・電気室へのアクセス確保
といった、時間と空間の両方がギリギリの工程が連続しています。ここにAIを入れると、次のような使い方ができます。
AI活用アイデア
AI×4D BIMでクレーン・仮設・人の動線を自動チェックし、干渉の多い時間帯をハイライト- 工程表から「人員ピーク」と「資機材ピーク」をAIが抽出し、過負荷になりそうな週を自動警告
- 22時間打設のようなクリティカル作業について、天候・気温・生コンプラントからの距離などを考慮して、
- 打設開始時刻候補をAIが複数パターン提案
- それぞれのリスク(渋滞、気温変化、夜間騒音)をスコアリング
日本の現場でも「この週、重機も職人も詰め込み過ぎてないか?」という悩みは共通です。人間の勘と経験に加えて、AIにシミュレーションと検証役を任せることで、初期段階からリスクの高い工程を炙り出せます。
2. 安全管理:画像認識AIで「ヒヤリハット」をデータ化
水族館のような高密度な設備空間+仮設材が林立する現場では、安全管理の難易度が一気に上がります。特に危険なのは、
- 高所での橋梁工事とその支保工
- タワークレーンのエリア重複
- 狭い機械室周りでの作業員同士の干渉
ここに画像認識AIを入れると、次のような運用が現実的です。
画像認識AIの具体的な役割
- カメラ映像から、
- ヘルメット・安全帯未着用
- 立入禁止エリアへの侵入
- フォークリフトと作業員の接近 を自動検知
- 高所作業エリアでの手すり未設状態や仮設撤去漏れを検出
- クレーンの旋回範囲に人が入った際にアラートを出す
重要なのは、**「AI=監視カメラ」ではなく「安全担当者の補助ツール」**として使うことです。たとえば、
AIが1日分の映像から、ヒヤリハットに該当するシーンだけを10件ピックアップして安全担当に共有
という運用にすると、担当者は「探す時間」ではなく「対策を考える時間」に集中できます。
日本の建設業でも、すでにヘルメット検知などの実証が進んでいますが、大規模・高難度プロジェクトほど費用対効果が出やすい領域です。
3. MEP・ライフサポート設計:AI×BIMで干渉と省エネを同時に最適化

Ocean Pavilionでは、
- 43万フィート超のMEP・ライフサポート配管
- 200台以上の機器
- 96%の海水再利用
- オール電化+低炭素コンクリート
という条件の中で、省エネとメンテナンス性を両立させる必要がありました。ここはAIとBIMの得意領域です。
干渉チェックとルート最適化
- MEPモデルをAIに読み込ませ、
- 配管の過密エリア
- メンテナンス通路の確保不足
- 点検口から手が届かないバルブ を自動抽出
- 海水循環ルートやポンプ配置について、
- 圧力損失
- 電力消費
- 施工性 を総合評価して、複数のルート案を自動生成
省エネシミュレーション
- 海水温度・外気温・来館者数などの条件を変えたときに、
- ポンプ・冷凍機・送風機の消費電力
- 屋内環境(温度・湿度) をAIがシミュレーション
- 結果をBIM上の色分けで可視化し、
- 「ランニングコストが高くなりそうなゾーン」
- 「配管ルートを少し変えるだけで効率が上がる箇所」 を早期に発見
日本でのキーワードでいえば、BIM+AIによる設備設計の自動化・省エネ最適化です。水族館に限らず、病院、データセンター、複合商業施設など、高度な設備を持つ建物でそのまま応用できます。
4. カーボンニュートラル:AIでエンボディドカーボンを「見える化」
Ocean Pavilionでは、
- 再生鉄筋
- 低炭素コンクリート
の活用により、エンボディドカーボンを32%削減しています。日本でも公共工事を中心に「LCA(ライフサイクルアセスメント)」や「カーボンニュートラル建築」が求められ始めていますが、現場では次のような悩みをよく聞きます。
- どの材料を選べばCO₂がどれくらい減るのか分かりにくい
- コスト・工期・環境負荷のバランスを設計段階で比較するのが難しい
ここにAIを入れると、
AIによるCO₂シミュレーション
- コンクリート配合・鉄筋種別・仕上げ材を選ぶと、
- CO₂排出量
- 材料コスト
- 施工性(打設回数や養生日数など) を自動で試算
- 「標準仕様」と「低炭素仕様」を比較し、
- CO₂削減率
- コスト増減
- 工期への影響 をグラフ化
設計打ち合わせの場で、AIが即座に“3案比較シート”を出してくれる
というイメージです。これなら、施主・設計・施工が同じテーブルで数字を見ながら意思決定できます。
水族館のような公共性の高い施設では、環境性能がプロジェクトの価値そのものになります。日本の自治体案件でも、このレベルの「見える化」ができれば、ゼネコンとして大きな差別化要因になります。
5. 熟練技術のデジタル継承:巨大リーフ打設をAIに教える

個人的に一番もったいないと思うのが、Ocean Pavilionのようなプロジェクトで発揮された熟練技術が、その現場限りで消えてしまうことです。
- 22時間連続打設の配車計画
- 型枠・鉄筋・打設順序の工夫
- ひび割れリスクを抑える温度管理
こうしたノウハウをAIに学習させて会社の資産にする発想が、これからの建設会社には重要だと考えています。
具体的なステップ例
-
現場記録の整理
- 打設日誌、配合データ、温度履歴、打設時の写真・動画
- 打設後のひび割れ状況・仕上がり評価
-
AIモデルへの学習
- 「気温・湿度・打設量・打設時間・配合」と「結果(品質)」の関係を学習
-
次現場への展開
- 新しい大規模打設計画を立てる際に、
- 過去の成功パターン・失敗パターンをAIが提案
- 配車台数・打設スピード・人員配置の目安を自動提示
- 新しい大規模打設計画を立てる際に、
これは、水族館に限らず、ダム・橋梁・超高層のマスコンでも同じ発想で応用できます。「経験の属人化」から「AIを使った社内標準化」へ。人手不足の時代だからこそ、ベテランの頭の中にある知恵をデジタル化して次世代に渡すことが重要です。
日本の建設会社が今すぐ始められるAI導入の一歩
Ocean Pavilionのような大型プロジェクトは特別に見えますが、そこで使えるAI活用の考え方は、日本のどの現場でも応用できます。ポイントは、いきなり全てをAI化しようとしないことです。
まずは次のような小さな一歩から始めるのがおすすめです。
- 1現場で、
画像認識AIによるヘルメット・安全帯検知をテスト導入 - 進行中のBIMプロジェクトで、
AIによる干渉チェック+設備ルートの改善提案を一部エリアで試す - 次の大規模打設で、
過去の打設記録+気象データをAIに学習させて「最適開始時刻・配車計画」のシミュレーションを行う
Ocean Pavilionが示したのは、複雑なプロジェクトほど、事前のシミュレーションと綿密な調整が決定的に重要になるという事実です。そして、その負荷を人だけで背負うのはもう限界に近い。
AIは「現場を知っている人」が使ってこそ本領を発揮します。この記事を読んでいる方なら、その条件は十分に満たしているはずです。
さいごに:次の“受賞プロジェクト”をAIと一緒につくる
シアトル水族館Ocean Pavilionは、
- 高度な構造と設備
- 厳しい環境性能
- 複雑な仮設と工程
をクリアして評価されたプロジェクトです。日本でも同規模・同難易度の案件は今後確実に増えていきます。
このシリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、今回のような海外事例も踏まえながら、具体的にどのプロセスにどんなAIを入れると現場が楽になるのかを掘り下げていきます。
次に自社が手がける大規模プロジェクトを、「AIが当たり前に活用される現場」にしていきたい方は、
- 自社のどの現場・どのプロセスに一番負荷がかかっているか
- そこをAIで支援できないか
を、ぜひチームで議論してみてください。そこから、次の“受賞レベル”プロジェクトが生まれてくるはずです。