シンガポールのGeoBarrier斜面対策を手がかりに、AIを組み合わせた建設生産性・安全管理の実践ステップを具体的に解説します。

シンガポールの斜面対策が示した「次の一手」
シンガポール中心部のホテル裏手、わずか22mの斜面対策が、世界の建設関係者から注目を集めました。コンクリート擁壁ではなく、**植生と多層構造で安定化した「GeoBarrier System」**という手法です。
このプロジェクトはENRのGlobal Best Projects 2025で表彰されましたが、本質的な価値は「技術革新」だけではありません。AIとデジタル技術を組み合わせれば、日本の建設現場の生産性と安全管理も一段階引き上げられる、という示唆を強く与えてくれます。
この記事では、
- GeoBarrier Systemのポイントと、なぜ世界的な評価を得たのか
- この種の特殊土木工法に、AIをどう組み合わせると効果が出るのか
- 日本の建設現場で、斜面対策・安全管理・生産性向上にどう応用できるか
を、シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の文脈で整理していきます。
GeoBarrier Systemとは何か:3層構造で「緑のインフラ」に変える
結論から言うと、GeoBarrier Systemは、従来ならコンクリートで固めていた危険斜面を、「多層土構造+植生」で安定化する仕組みです。
3層構造で雨水と安定性をコントロール
シンガポールのフラマ・リバーフロントホテル裏の斜面は、22mと高く、過去に崩壊履歴もある難所でした。ここに採用されたGeoBarrierは、ざっくり言うと次の3層で構成されています。
- 植生層:表層の植生と土壌
- 細粒分層:雨水の浸透を抑え、地下水位の急激な変動を防ぐ
- 粗粒分層:排水と構造的な安定を担う層
この結果、
- 豪雨時の雨水浸透を制御
- 地盤内水位の上昇を抑制
- 斜面全体のせん断強度を維持
という、従来の「コンクリート擁壁」に頼らない安定メカニズムを実現しています。
コンクリートからリサイクル材・グリーン化へ
もう1つの特徴が、環境負荷低減です。
- コンクリート構造と比べてCO₂排出を大幅に削減
- リサイクル材を利用した層構成
- 斜面を単なる「危険箇所」から、「緑の資産」に転換
海外では「グリーンインフラ」や「ネイチャーベースドソリューション」が行政施策に組み込まれつつありますが、この案件はその典型例と言えます。
日本でも、道路法面・宅地造成・盛土対策の分野で同じ発想が求められつつあり、国土強靱化と脱炭素を同時に満たすソリューションとして参考になる事例です。
プロジェクトの難しさ:高地下水位と精密施工をどう乗り越えたか
この案件が評価された背景には、**単なる新工法の採用ではなく、「難しい条件をやり切ったプロジェクトマネジメント力」**があります。
難条件1:高地下水位
シンガポールのような多雨地域では、
- 地下水位が高く、
- 集中豪雨も多い
ため、斜面安定にとって水の管理が致命的な要素になります。
GeoBarrierチームは、

- 地下水位の挙動を踏まえた層構成
- 斜面全体の排水計画
を組み合わせ、水理と地盤工学の両面から最適解を探るアプローチを取っています。
難条件2:高精度の締固めと施工品質
多層構造である以上、
- 各層の厚さ
- 材料の粒度分布
- 締固め度
を一定以上の精度で管理しないと、想定通りの性能が出ません。
プロジェクトチームは、
- **独自のグラウンドロックシステム(地盤ロック)**で構造的な一体性を確保
- 半自動化された生産システムで、材料製造と施工の生産性を向上
という工夫により、品質・工期・コストのバランスを取りながら完了させています。
ここまで聞くと、「高度な土木技術だな」で終わりがちですが、本記事のテーマはここからです。
こうした複雑な地盤・水理条件と高精度施工こそ、AIとデジタル技術の”得意分野” です。
GeoBarrier×AIなら何ができるか:3つの視点
GeoBarrierのような特殊工法は、AIを組み合わせると価値が一気に高まるタイプのソリューションです。現場視点で分解すると、次の3つの領域で効果が期待できます。
- 計画・設計:BIM・地盤データ×AIで最適設計
- 施工管理:画像認識・IoT×AIで品質と安全を担保
- 維持管理:センサー・ドローン×AIで予兆検知
順に整理します。
1. 計画・設計:BIM・地盤データ×AI
GeoBarrierのような多層構造斜面では、
- 地形データ(3D地形モデル)
- ボーリングデータ・室内試験結果
- 地下水位・雨量の統計データ
といった多種多様な情報が絡み合います。
ここにAIを導入すると、例えばこんなことが可能です。
-
AIによるパラメトリック設計支援
斜面高さ・勾配・地盤条件・降雨条件を入力すると、層構成・厚さ・材料条件の候補パターンを自動生成。 -
BIM/CIMモデルとの連携
GeoBarrier構造をBIMモデルとして定義し、周辺構造物・地下インフラとの干渉を自動チェック。 -
確率論的安定解析の自動化
材料特性のばらつきをAIがサンプリングし、多数の「崩壊シナリオ」を高速で試算して安全率分布を可視化。
僕自身、日本の地盤業界を見ていて感じるのは、「担当技術者の経験」に依存している部分があまりに大きいことです。斜面対策のような分野では、**AIは“置き換え”ではなく、“熟練技術者の頭の中を数値化して手元に置いておく道具”**としてかなり相性が良いと考えています。
2. 施工管理:画像認識・IoT×AI
GeoBarrierのような構造物は、施工時の品質確保=性能そのものです。そこで効いてくるのが、現場向けAIです。
画像認識で法面と作業員の安全を監視

- ドローンや固定カメラで撮影した法面画像をAIが解析し、
- 法面の変形兆候
- 不適切な重機接近
- 作業員の高所・斜面での安全帯未使用
などを自動検出してアラート。
- 作業日誌や安全パトロールの記録と連携し、「どの時間帯・どの工程でヒヤリハットが増えるか」 をAIが傾向分析。
IoTセンサーで締固め・変位をリアルタイム管理
-
ローラーや重機に取り付けたセンサーから、
- 締固め回数
- 走行ルート
- 振動・速度などのデータ
を取得し、AIが「締固めムラ」をリアルタイムに可視化。
-
地中に設置した傾斜計や間隙水圧計のデータをAIが常時監視し、通常パターンからの逸脱を早期検知。
こうした仕組みは、斜面対策に限らず、道路法面工事・仮設土留・盛土造成など、あらゆる土工事にそのまま転用できます。
3. 維持管理:センサー・ドローン×AIによる予兆検知
GeoBarrierのように「緑の斜面」を維持するには、完成後もモニタリングが欠かせません。
AIを使うと、
-
ドローンで撮影した斜面画像から、
- 植生の枯れ・土砂の露出
- クラックや局所的な変形 をAIが自動抽出し、定量的に時系列比較。
-
雨量・地下水位・斜面変位のデータをAIが学習し、
- 「この雨量パターンだと何時間後に危険水準に近づくか」
- 「どの地点から変位が始まる傾向があるか」
といった予測情報を出せるようになります。
これを自治体やインフラ管理者に提供すれば、
- 危険斜面パトロールの優先順位付け
- 大雨前後の重点監視箇所の絞り込み
に直結し、限られた人員・予算で最大限の安全を確保できます。
日本の建設会社が真似できる3つのステップ
「シンガポールの話でしょ」と流してしまうのはもったいないです。日本の中堅ゼネコン・土木会社でも、スモールスタートで同じ方向性を取ることは十分可能です。
ステップ1:1案件でいいので「AI前提の計画」をやってみる
- 斜面対策や法面工事の案件を1つ選び、
- 3D地形モデル+地盤データを整理し、
- AIベースの安定解析・設計支援ツールを試す
という形で、まずは「AIありきの設計フロー」を経験してみることをおすすめします。
設計者からすると負担増に見えますが、
- パターン検討数が増える
- リスク要因を早期に洗い出せる
という意味で、むしろ「楽になる」ケースが多いです。
ステップ2:現場に1つだけAI安全ソリューションを入れる
いきなり現場DXを全部やろうとすると失敗します。やるべきは、

- 1つの現場に、
- 1つのAI安全ソリューションを、
- 1つの明確な目的で
入れてみることです。
例えば、
- 高所作業の安全帯不使用検出
- 重機と作業員の距離監視
- 法面のクラック自動検出
など、「1テーマに集中」して、ヒヤリハット件数の変化を測るだけでも十分な学びがあります。
ステップ3:自社標準としての「AI+特殊工法」をつくる
GeoBarrierそのものを採用しなくても、
- 自社が得意な土木分野(法面、土留、仮設、地盤改良など)を1つ選ぶ
- その分野に合うAI活用パターンを「標準仕様」にする
というやり方があります。
例えば、
- 法面工事なら「ドローン+画像AI検査を標準」
- 盛土造成なら「締固めIoT+AI品質管理を標準」
といった形で、“AI対応型の特殊工法パッケージ”をつくるイメージです。
こうしておけば、入札・提案時にも、
「AIを前提とした高品質・高安全の施工パッケージ」として差別化
ができ、リード獲得や受注戦略にも効いてきます。
これからの斜面対策・土木工事は「AI前提」で設計する時代へ
GeoBarrier Systemの事例は、単なる斜面安定工の成功例ではありません。
- コンクリート依存から、リサイクル材+植生への転換
- 高地下水位や難地形という条件下での高品質施工
- 行政・企業が連携した、スケール可能なソリューション
これらはそのまま、日本の国土強靱化・防災・インフラ更新にも関係してきます。
そして、こうした複雑な課題を「人の経験だけ」に任せるのは、もはや現実的ではありません。
- 画像認識による安全監視
- BIM/CIMと連携したAI設計支援
- センサー・ドローンデータのAI解析
- 熟練技術者のノウハウを学習した設計・施工支援AI
このあたりを少しずつ現場に組み込み、
「AI前提で工法を選び、設計し、施工し、維持管理する」
というスタイルにシフトできる会社が、これからの10年で確実に強くなります。
シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」では、今回のような海外事例も参考にしながら、日本の現場で実際に何から始めればいいかを具体的に掘り下げていきます。
自社案件で「AIを前提にした工法・安全管理」を試してみたい、という方は、
- まずは1案件、1テーマのAI活用から
- できれば斜面・法面・土工のようにリスクとデータ量が大きい分野から
始めてみてください。そこから先の展開は、案外シンプルです。