ENR受賞プロジェクトを手本に、AIで生産性と安全性を高める具体的なポイントを整理。明日から現場で使える導入の考え方を解説します。

はじめに:受賞プロジェクトの裏側には「仕組み」がある
50件以上の応募から33件だけが選ばれた――2025年の「ENR Northwest Best Projects」は、米国北西部(ワシントン、オレゴン、アラスカ)の建設プロジェクトの“優等生”を決めるコンテストです。健康医療施設、高速道路・橋梁、空港・鉄道、オフィス、文化施設まで、さまざまな案件が受賞しています。
これらのプロジェクトに共通しているのは、生産性・安全・品質を同時に引き上げるための仕組みづくりが徹底されていることです。現場にはBIM、デジタルツイン、AIによる安全監視、工程最適化ツールなど、最新のデジタル技術が当たり前のように入り込んでいます。
日本の建設会社が人手不足や技能継承、安全管理のプレッシャーに直面している今、こうした海外の「ベストプロジェクト」は、単なるグローバルニュースではなくAI導入のヒント集と見た方が得です。
この記事では、ENR Northwest Best Projects の内容を踏まえながら、
- 受賞プロジェクトが評価されたポイント
- そこにどんなAI・デジタル技術がかみ合っているのか
- 日本の建設会社が明日から取り入れられるAI活用のステップ
を整理していきます。「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一つとして、**海外の成功事例を“自社で再現するための視点”**に絞って解説します。
1. ENR Northwest Best Projectsの評価軸は、そのままAI導入チェックリストになる
ENRの審査では、プロジェクトは次の5つの観点で評価されています。
- プロジェクトの課題とその解決
- 安全プログラム
- 設計と施工のイノベーション
- 建設業界および地域コミュニティへの貢献
- 意匠・仕上がりの品質(クラフトマンシップ)
この5項目、実はそのままAI導入の効果測定指標として使えます。
1-1. 「課題と解決」=AIの導入目的を言語化できているか
多くの現場でAI導入が失敗する理由はシンプルで、
「どの課題を、どのKPIで、どれだけ改善したいのか」
が曖昧なままツールを入れてしまうからです。
ENR受賞プロジェクトでは、たとえば次のような“課題→解決”がきちんと整理されています。
- 大規模医療施設:複雑な設備ルートと短工期 → BIMと協調設計、工程シミュレーションで干渉ゼロと工程短縮
- 既存インフラ改修:交通影響を最小化 → 夜間施工計画とデジタル施工管理で渋滞時間を最小限に
これをAIに置き換えるなら、
- 「墜落・挟まれ災害を前年比30%減らしたい」→ 画像認識AIによる安全監視を導入し、KYと連動
- 「工期遅延リスクを半減したい」→ 進捗データをAIで予測し、クリティカルパスの事前対策に使う
といったレベルまで、数値と期限をセットで決めてからツールを選ぶことが重要です。
1-2. 「安全プログラム」=AIはルールより“運用”を強くする
ENRの審査では、工事中に死亡事故が発生したプロジェクトは受賞資格なしと明記されています。安全は前提条件であり、ここが守れなければ、いくらデザインが優れていても評価されません。
最近の受賞案件では、
- ウェアラブル端末での作業員位置情報管理
- ドローン+AIによる高所・危険箇所の自動点検
- デジタル安全パトロール記録の分析
といった取り組みが一般化しています。
日本の現場でAIを活かすなら、まず次の3ステップから始めると現実的です。
- 記録のデジタル化:KYミーティング、ヒヤリハット、巡視結果をアプリで一元管理
- 見える化:月次でヒヤリハットの傾向を自動集計し、「どの作業・どの時間帯・どの協力会社でリスクが高いか」を可視化
- 予測とアラート:過去データからAIが危険パターンを学習し、「落下物リスクが高い状態」「重機と歩行者の接近」をリアルタイムで通知
AIは安全規程そのものを置き換えるのではなく、運用の徹底と属人化しがちな“安全感覚”を標準化する役割を担わせると効果が出やすいです。

1-3. 「イノベーション」=BIMとAIはペアで考える
ENR受賞案件では、マスティンバー(木造ハイブリッド構造)、水素ステーション、都市型インフラ改良、最先端の研究棟など、技術的に難易度の高いプロジェクトが多く見られます。
こうした案件では、ほぼ例外なく BIM/CIM+シミュレーション+AI がセットで活用されています。
- 構造・設備・仕上げの干渉を3Dで事前に解決
- 工程全体を4Dでシミュレーションし、AIが資機材・人員の最適配置を提案
- 施工中の出来形・品質データをクラウドに集め、竣工後の維持管理にも引き継ぎ
日本でも「BIMは設計で使って終わり」になりがちですが、ENRレベルのプロジェクトでは、**BIMが“AIのためのデータ基盤”**として扱われています。ここが日本との大きな差です。
2. 種類別に見る:受賞プロジェクトから読み解くAI活用のポイント
ENR Northwestでは、分野ごとに「Best Project」と「Award of Merit(優秀賞)」が選ばれています。カテゴリー別に、日本の現場でのAI活用イメージを整理してみます。
2-1. 交通インフラ(空港・鉄道・道路・橋梁)
代表例:
- Lynnwood Link Extension(空港・鉄道)
- NE 8th Street Eastrail Crossing(道路・橋梁、Excellence in Safety)
- MAX Red Line Extension and Reliability Improvements(改修+安全優秀)
これらのプロジェクトでは、
- 大量の通行量を確保しながらの施工
- 長期にわたる段階施工
- 橋梁・高架の高所作業
といったリスクだらけの条件のなかで、安全と工期を両立しています。
日本で真似しやすいAI活用例は次の通りです。
- ドローン+AIで橋梁下面・高所のひび割れ検出
- 交通量・工事車両動線をAIでシミュレーションし、最も渋滞・事故リスクの低い規制パターンを提案
- ウェアラブル端末と画像認識カメラで、立入禁止エリアへの侵入をリアルタイム検知
2-2. ビル系(オフィス・商業・住宅・ホテル)
代表例:
- TikTok USDS Bellevue(オフィス/商業)
- First Light(住宅・ホスピタリティ)
- La Plaza Esperanza(文化施設、Project of the Year)
ビル系プロジェクトでは、工期短縮と品質確保に加え、テナント要求の多様さやデザイン性も重要です。ENRが評価するのは、単なる意匠のカッコよさではなく、
- 中長期の運営コストを抑えるサステナブル設計
- 施工中から運営までつながるデジタルデータ
- 利用者の体験価値を高める空間づくり
といった視点です。
AIとの相性が良いのは、例えば次の領域です。
- 工程管理AI:多数のテナント工事が重なるビルで、各工区の進捗・資材搬入・職人手配を最適化
- 品質検査の自動化:仕上げ面をカメラでスキャンし、傷・打ち継ぎ不良・色ムラをAIが検出
- 利用データのフィードバック:竣工後の人流・エネルギー使用量を分析し、次案件の設計指針に反映
2-3. 教育・医療・研究施設
代表例:
- Washington State University Vancouver Life Sciences Building(高等教育+サステナビリティ優秀)
- Western Washington University Kaiser Borsari Hall(サステナビリティ部門)
- Virginia Mason Franciscan Health, St. Francis Family Birth Center(医療、Project of the Year Finalist)
高度な設備と長寿命が求められるこれらの施設では、設計段階から運用段階までのライフサイクル思考が徹底されています。
AI活用のポイントは:

- 省エネシミュレーション結果をAIが比較し、最もライフサイクルコストの低い案を提案
- 設備機器のセンサー情報をAIで分析し、故障予兆をつかんで事前保全
- 建設中の品質データ(配管圧力試験、電気絶縁抵抗など)を運営側に引き継ぎ、維持管理AIの学習データとして活用
日本の公共建築・大学施設でも、BIM導入は進んでいますが、「竣工引き渡しでBIM終了」になりがちです。ENRレベルを目指すなら、**BIM+AIで“運用までセットの設計・施工”**を考えた方が投資回収しやすくなります。
2-4. 水環境・産業施設・小規模プロジェクト
代表例:
- Georgetown Wet Weather Treatment Station(水環境)
- Hydrogen Production and Fueling Facility(エネルギー)
- 北西部各地の小規模プロジェクト(用水路パイピング、ダム関連など)
規模の大小にかかわらず、インフラ系では、
- 地域のレジリエンス向上
- 長期運用を見据えたメンテナンス性
が強く意識されています。
AI活用の具体例:
- 流量・水質センサーのデータをAIで分析し、ポンプ・バルブの運転最適化や障害予兆検知
- ダム・水路・配管の点検画像をAIで自動解析し、異常箇所をランキング表示
- 小規模案件の原価・工程データを集約し、AIで「似た案件の見積・工程自動作成」を行う
規模が小さいからこそ、1案件あたりの管理コストをAIで下げるという発想が有効です。
3. 「Excellence in Safety」「Excellence in Sustainability」から読み解くAIの役割
ENR Northwestでは、通常の部門賞とは別に、
- Excellence in Safety(安全優秀賞)
- Excellence in Sustainability(サステナビリティ優秀賞)
が選ばれています。これは、日本の建設会社にとっても非常に参考になる視点です。
3-1. 安全優秀プロジェクトに共通するのは「リアルタイム」と「フィードバック」
安全優秀に選ばれたプロジェクトには、
- Clackamas County Circuit Courthouse(公共建築+安全)
- NE 8th Street Eastrail Crossing(橋梁+安全)
- MAX Red Line Extension and Reliability Improvements(改修+安全)
などがあります。記事には詳細な安全対策までは書かれていませんが、近年のENR事例を見ると、共通しているのは次の2点です。
- リアルタイムの安全情報取得:IoT・カメラ・ウェアラブルで「今、どこで何が起きているか」を把握
- データに基づくフィードバックループ:事故・ヒヤリハット・不安全行動をデータ化し、教育・計画に反映
ここにAIをかけ合わせると、
- カメラ画像から“保護具未着用”“危険エリア立ち入り”を自動検出
- ヒヤリハットデータをAIがクラスタリングし、「繰り返し発生する典型的な危険パターン」を抽出
- それをもとに、現場ごとの重点安全テーマを自動提示
といったことが可能になります。
3-2. サステナビリティ優秀プロジェクトは「データを貯める仕組み」を持っている
サステナビリティ優秀に選ばれたのは、
- Washington State University Vancouver Life Sciences Building
- BNBuilders Headquarters など
いずれも、省エネ・再エネ・木造活用などの要素だけでなく、運用段階まで含めた環境負荷削減の仕組みが組み込まれています。
AIとのつながりで重要なのは、

- 施工中のCO₂排出量・廃棄量・資材使用量をデジタル記録
- 竣工後のエネルギー使用量・室内環境データを継続取得
- それらをAIで分析し、「次プロジェクトにどの仕様を採用すべきか」をフィードバック
という**“学ぶプロジェクト”のサイクル**を回していることです。
日本でもZEB・ZEB Ready、木造化・省CO₂コンクリートなどが進んでいますが、単発の取り組みで終わらせず、AIが学習できる形でデータを残すことが、数年後に大きな差になります。
4. 日本の建設会社が明日からできる、ENR級プロジェクトへの近道
ここまでの内容を踏まえて、「うちの現場でもやれそうなこと」に落とし込んでみます。
4-1. まずは「評価軸」を共有する
ENRの5つの評価項目を、そのまま社内のプロジェクトレビューに使ってみてください。
- 課題と解決:この現場の最大の“敵”は何か?どう解決したか?
- 安全:死亡・重篤災害リスクをどう管理したか?
- イノベーション:技術的に新しい取り組みは何か?
- 業界・コミュニティへの貢献:地域にもたらした価値は?
- デザイン・クラフトマンシップ:仕上がり品質をどう高めたか?
この5つに対して、「AI・デジタルの活用余地があったか?」を毎回議論すると、現場から自然にAI活用アイデアが湧いてくる状態になります。
4-2. 小さく始めて、データを残すことを優先する
AI導入というと大掛かりな投資をイメージしがちですが、現実的なステップは次の通りです。
- 安全・工程・品質の記録を、まずはアプリやクラウドで“紙から卒業”
- 写真・動画・センサーなど、AIが読める形式でデータを蓄積
- 特定領域だけAIを試す(例:安全カメラの一部区画、工程予測だけなど)
- 効果が出たら、他現場に水平展開
ENR受賞プロジェクトも、いきなりフルスタックのデジタル化をしたわけではなく、数年単位で積み上げた結果として評価を得ているケースがほとんどです。
4-3. 「AI導入=現場負担増」にならないように設計する
最後に、現場から最もよく聞く不満が「また新しいシステムか…」というものです。ENRレベルのプロジェクトでは、ここをかなり丁寧に設計しています。
- 現場端末(タブレット・スマホ)での操作は“2~3タップ”で完結
- 既存の日報・出来高報告から自動的にデータ連携
- 作業員にメリットが見える(危険作業の早期発見、残業削減 など)
AI導入を検討する際は、
「この仕組みで、現場の誰の仕事がどれだけ楽になるのか」
を必ず言語化してからスタートすると、定着率が一気に上がります。
おわりに:次の「ベストプロジェクト」を日本から
ENR Northwest Best Projects 2025は、単なる海外の表彰イベントではなく、建設DXとAI活用の“到達点”を見せてくれるカタログでもあります。
- 評価軸はそのままAI導入のチェックリストになる
- 安全・サステナビリティ部門は、AIとデータの活用度を測る物差しになる
- プロジェクト種別ごとに、AIの得意分野がはっきりしている
日本の建設業界でも、画像認識による安全監視、BIM連携の工程最適化、熟練技術のデジタル継承など、すでに始まっている取り組みは数多くあります。あとは、それらを「評価軸」と結びつけて、意図的に磨き込むかどうかです。
次の数年で、「ENR Best of the Best」に日本拠点のプロジェクトが名を連ねてもおかしくありません。そのときの共通点はおそらく、
人とAIが、それぞれの得意領域をはっきり分けて協力している現場
です。
このシリーズでは今後、具体的なAI安全監視の導入手順や、BIM×AIによる工程管理の実例も取り上げていきます。自社の現場で「どこから始めるか」を、今日のプロジェクトレビューから一度見直してみてください。