ポートランドの地下河川横断工事を例に、HDDなど高難度工事でAIとBIMをどう使えば生産性と安全性を高められるかを具体的に解説します。

ポートランドの地下河川横断が示した「人力だけでは限界」という現実
米国オレゴン州ポートランドで進められたウィラメット川地下横断プロジェクトでは、2本の送電線用ダクトを川底のさらに下、最大水位から約77m(253フィート)という深さに水平導入(HDD:Horizontal Directional Drilling)しています。
しかも、都市部のど真ん中。既設の直径約4.3mの下水トンネルのすぐ下を、最大離隔10.9フィートでギリギリ通過し、杭基礎が林立する29フィート幅の狭い地役権内で、2本のボアを水平ではなく上下に“縦に”積層して通している。正直、日本の感覚から見ても「よく事故ゼロでやり切ったな」と感じるレベルの難工事です。
このプロジェクトは、EPAのスーパーファンド(汚染浄化)事業の一環として、川底に敷設されていた送電ケーブルを撤去し、環境影響を抑えながら地下深くに新ルートを構築したもの。ENRの「Best Specialty Construction」に選ばれたのも納得の内容です。
ここで考えたいのは、「同じような高難度工事を日本で行うとしたら、どこまでAIとデジタル技術でリスクと手戻りを減らせるか」という視点です。本記事は、当シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として、このポートランドの事例を材料に、地下・河川横断工事におけるAI活用の具体像を整理します。
プロジェクト概要:極端に厳しい条件がそろった地下河川横断
まずは、事例の要点を整理します。ここを押さえると、「どこにAIを入れる余地があるか」が見えてきます。
技術的なポイント
- 工種:水平導入(HDD)による地下送電ルート構築
- 場所:米国オレゴン州ポートランド、ウィラメット川直下
- 目的:川底に敷設された送電回路を撤去し、地下深くに新ルートを構築(環境対策/信頼性向上)
- 最大深度:水面から約77m下
- ボア本数:2本の並行HDD
- 既設構造物とのクリアランス:
- 既設下水トンネル(直径約4.3m)直下を通過
- HDD-2はトンネルとの離隔10.9フィート
- 都市部側では地役権幅29フィートの中で2本のボアを縦に積層/水平方向の離隔は5フィート
地質・施工条件
- 地質:
- 汚染された埋戻し土
- 砂礫・沖積層
- 大径礫・玉石層が約60m超の深さまで続く
- 対策工法:
- テレスコピックな表層ケーシング(段階的に径を変えながら伸ばす)
- 空圧パイプラミングとDirect Pipe技術を組み合わせ、不安定地盤を押し切るように進行
配管・曲げ条件
- 電力用ダクトに必要な最小曲げ半径:500フィート
- 通常のエントリー形状では半径条件を満足できないため、
- 48インチケーシングを一部カット
- パイプストリング末端に500フィートの“オーバーベンド”を溶接
- そのまま地中約24フィートまで引き込み、必要な曲率を地中側で確保
ここまで聞いただけでも、設計・施工管理・安全管理のどこを取っても、**「一度ミスをすると取り返しがつかない」**条件がそろっています。
そしてこうした条件こそ、AI・BIM・シミュレーションが効きやすい領域です。
地下・河川横断工事でAIが効く3つのポイント
結論から言うと、地下・河川横断のような特殊工事では、以下の3分野にAIを入れると効果が出ます。
- BIM・地盤モデルと連携したルート最適化・干渉チェック
- 施工中のセンシングデータを使ったリアルタイム安全監視・異常検知
- 工程・施工手順のシミュレーションとナレッジ継承
それぞれ、ポートランドの事例を絡めながら、日本の現場でどう活かせるかを整理します。
1. ルート最適化と干渉チェック:AI×BIMの“事前検証力”
ポートランドのケースでは、

- 既設下水トンネルの直下10.9フィート
- 杭基礎が密集する中での29フィート幅の地役権
- 2本のボアを縦に積層し、水平離隔は5フィート
という、かなり攻めたルート設定を行っています。従来なら、担当設計者の経験と試行錯誤で「安全側だけど保守的な」ルートを選びがちです。
ここでAIを使うと、次のようなことが可能になります。
AI活用の例
- BIMモデル+地盤3Dモデル+既設インフラ情報を統合し、
- HDDのルート候補を自動生成
- 既設構造物との干渉チェックを自動化
- クリアランスや曲げ半径制約を満たしつつ、最小土被り・リスクポイントを計算
- 数百パターンのルートに対し、
- 地盤条件に応じた推定推進力・トルク
- 泥水圧の適正範囲
- 施工時間・コスト見込み をAIが一括でシミュレーションし、「リスクとコストのバランスが良い案」を提示
日本のゼネコン・サブコンでも、すでにBIM+ルート設計+干渉チェックまではやっている会社が多いですが、
「最初の案をほぼそのまま採用し、パターン比較は手作業で数パターンだけ」
という運用がほとんどだと思います。
AIを使う発想は、**“人が描いた1案をチェックさせる”のではなく、“AIにまず数百案出させ、人が絞り込む”**に切り替えることです。このだけで設計の幅が大きく広がり、手戻りも減ります。
2. 安全監視と異常検知:人には見えない「微妙な変化」を捉える
地下HDD工事で怖いのは、
- 予期せぬ地盤崩壊
- 泥水の逸水・噴出
- 既設構造物への影響(沈下・ひび割れ)
など、「気づいた時にはもう遅い」タイプの事故です。
ポートランドの現場では、
- テレスコピックケーシング
- 空圧パイプラミング+Direct Pipe
といった高度な技術で不安定地盤を突破していますが、日本の現場でも同様のリスクは日常茶飯事。ここでAIをリアルタイム安全監視に使うと、かなり効きます。
具体的なAI安全監視イメージ
- 施工機械のログデータ
- トルク・推進力・回転数・泥水圧・流量
- IoTセンサー
- 地表・周辺構造物の沈下計
- 振動・騒音センサー
- 地中水圧計
- カメラ画像
- 立坑・地表の状況
これらをクラウドに上げ、AIが常時モニタリングすることで、
- 「いつもより推進力が数%高く、トルクもじわじわ上昇している」
- 「泥水の流量と圧力の関係がおかしい。逸水の兆候かもしれない」
- 「周辺建物の傾斜計に、統計的に有意な変化が出始めた」
といった**“人には見えにくい微妙な変化”**を早期に検出できます。
現場としては、
- AIが異常度スコアを10段階で表示
- 7以上で自動アラート+施工一時停止ルール
- 異常時のダッシュボードで、どの計測値が効いているかを即確認

といった運用にすると、安全管理担当の負担を増やさずにリスクだけ下げることができます。
3. 工程最適化とナレッジ継承:熟練技術をデータ化する
ポートランドの事例で印象的なのが、
- 48インチケーシングをあえてカットし
- 500フィートの“オーバーベンド”を溶接
- それを地中24フィートまで引き込むことで、
- 電力ダクトの曲げ半径制限を満たしながら掘削深さを抑えた
という、かなり職人的な工夫です。
こうした現場のアイデアは、属人的になりがちです。日本の建設業界が一番苦しんでいるのも、この「熟練技術の継承」です。
AIは、ここにも使えます。
AIによる“施工シナリオ学習”のイメージ
- 過去のHDD・推進工事のデータを集約
- ルート条件(地盤・深さ・曲率)
- 使用機械・ケーシング構成
- 工程・日ごとの進捗
- トラブル内容と対処法
- これらを学習させることで、
- 「この条件なら、標準手順+この追加対策をお勧め」とAIが施工計画時に助言
- 「この機械構成だと曲げ半径条件に余裕がないので、オーバーベンド案も含めて検討」といった**“セカンドオピニオン”**を自動提案
ポイントは、AIを
「現場の経験を置き換えるもの」ではなく、「経験豊富な先輩がもう1人いるイメージ」で使う
ということです。
若手の技術者でも、AIの提案を“たたき台”として検討することで、ベテラン並みの発想に近づきやすくなります。
日本の建設会社が今すぐできるAI導入ステップ
ここまで読んで、「うちは海外の巨大プロジェクトなんてやらないし…」と感じた方もいるかもしれません。でも、実際にやることは規模に関係なく同じです。
ステップ1:データを残す文化を作る
AI導入の前に、最優先はここです。
- 施工機械のログはクラウドに自動保存する
- 地盤情報・BIM・出来形・トラブル情報を案件単位で一元管理する
- 写真・動画も、日付・位置・工種でタグ付けして蓄積
AIは「学習する材料」がないと何もできません。逆に言えば、データを残し始めた瞬間から将来のAI活用に近づいているとも言えます。
ステップ2:小さなPoCから始める
いきなり「全工事にAI導入」は現実的ではありません。おすすめは、
- HDDや推進工事など技術的に難易度が高く、事故リスクも高い工事を1件選ぶ
- そこに限定して、
- ルート検討の自動化
- 安全監視の異常検知
- 施工計画のシミュレーション のいずれか1〜2個を試す

PoC(試験導入)で、
- 実際に手戻りがどれくらい減ったか
- 現場での使い勝手はどうか
- どのデータが足りなかったか
を検証し、次の現場にノウハウを持ち越すことが大事です。
ステップ3:安全管理ルールにAIを組み込む
AIを“おまけ機能”にしてしまうと、現場は忙しさの中で使わなくなります。
- 安全管理計画書の中に、
- 「AIによる異常検知のアラート閾値」
- 「アラート発生時の停止・確認手順」 を明記
- 週次のKYミーティングで、
- AIが検出したヒヤリハット傾向
- センサー値のトレンド を共有
こうすることで、AIが現場の安全文化に組み込まれていきます。
デジタル変革ができる会社だけが、高難度工事を任される時代
ポートランドのウィラメット川地下横断は、
- 高度なHDD技術
- 地質リスクへの柔軟な対応
- 既設インフラとのギリギリのクリアランス管理
によって、ENRのBest Specialty Constructionを受賞しました。
もし同じプロジェクトを今から設計・施工するなら、間違いなくAI×BIM×安全監視が標準ツールとして使われるはずです。それだけ、
「人の経験と勘だけに頼る施工」から「データとAIを味方につけた施工」への移行
は世界のスタンダードになりつつあります。
日本の建設業界も、人手不足と技術者高齢化が進むなかで、
- 生産性向上
- 安全管理の高度化
- 熟練技術の継承
を同時に実現できる手段として、AI導入は避けて通れません。
もし自社で、
- HDDや推進工事
- 地下インフラ更新
- 河川・港湾周りの特殊工事
に取り組んでいるなら、次の案件から**「どこにAIを入れればリスクが下がるか」**を、ぜひ具体的に議論してみてください。小さな一歩でも、5年後には大きな差になります。
この記事を読んだ方への次のアクション
- 自社の過去3年分の地下・河川横断工事で、どんなデータが残っているか棚卸ししてみる
- 次の高難度工事1件をターゲットに、
- AI安全監視
- ルート最適化 のどちらを試すか、社内で検討する
- 「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの他の記事も参考にしながら、自社なりのAIロードマップを描いてみる
現場は待ってくれません。ただ、AIとデジタルの導入も、“完璧になってから”では一生始まりません。ポートランドのような高難度プロジェクトを、自信を持って受注できる会社になるために、今日から一歩ずつ進めていきましょう。