設計詳細図の「探す・描き直すムダ」をAIとBIMで減らす方法を、Pirrosの事例を軸に解説。生産性向上と安全管理の両面から整理します。
建設設計の現場では、図面のうち**6〜7割が「過去にも描いたことがある詳細」**と言われます。それでも、多くの設計者は毎回フォルダを掘り返し、過去プロジェクトのRevitファイルを開き、似たようなディテールを探し続けています。
この「探す時間」と「描き直す時間」が、AIとBIMの連携で確実に減らせるようになってきました。その代表例のひとつが、米国発のクラウド型設計ディテール検索エンジンPirrosです。
この記事では、ENRで紹介されたPirrosの事例をベースにしつつ、
- なぜ「詳細図の再利用」が建設DX・AI活用の起点になるのか
- Pirros的な仕組みを使うと、BIM設計ワークフローがどう変わるのか
- 日本の建設・設計事務所がAI導入を進めるうえで、どこから手を付けるべきか
を、**「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」**シリーズの一環として整理します。
詳細図は「AIで最初に効く」領域だという現実
結論から言うと、AIは今の時点でも**「新しいアイデアを勝手に発明する」のではなく、過去の良質な事例を最適なタイミングで引っ張ってくる役割**に非常に向いています。設計詳細図は、その典型です。
ENRの記事に登場するPirrosは、
- 過去プロジェクトの2D図面・3Dモデル(主にRevit)をクラウドに集約
- AIで「どんなディテールか」を自動分類・タグ付け
- 設計者がキーワード検索したり、今開いているモデルの要素から「類似ディテール」を自動提案
という流れで動くツールです。
Pirros共同創業者のAri Baranian氏は、これを
「建築・エンジニアリングのためのコンテキスト・インテリジェンス」
と表現しています。要するに、**「この場面なら、この会社では過去にこう描いている」**を瞬時に見つけ出す力です。
この考え方は、日本の建設会社・設計事務所が今後AIを入れていく上で、非常に現実的な第一歩になります。
Pirrosが解決している3つの非効率
Pirrosの導入事例から見えるのは、AI×BIMによってごく現場寄りのムダ時間を削る、という発想です。代表例として紹介されているのが、米国の構造設計事務所DCI Engineersのケースです。
1. 「どこにあるか分からない」過去ディテール問題
大手・中堅の設計組織なら、どこも似た悩みを持っています。
- サーバ内に過去プロジェクトのRevitファイルやCADが大量にある
- しかし、誰がどの案件でどんな良いディテールを描いたかは「人に聞くしかない」
- 結果として、似たディテールを毎回ゼロから描き直している
Pirrosはここに、クラウド上の共通ディテールリポジトリを用意します。
- 過去のRevitモデルを自動で取り込み
- AIが「鉄骨階段の納まり」「RC梁の開口補強」など、カテゴリを判別
- 検索ボックスにキーワードを入れれば、社内のどの案件のどのディテールかを問わず一覧表示
DCIでは、全米のオフィスのエンジニアが共通のリポジトリから検索できるようになり、「あの支店の標準納まりを教えて」と電話する文化が激減したといいます。
2. エンジニアとBIMモデラーの「二重作業」
構造設計のワークフローは、日本でもよくあるように
- 構造エンジニアが解析とディテール検討
- BIMオペレーター/設計補助がRevitにトレース
という二段構えになりがちです。その中で、
- エンジニアが過去案件から参考ディテールを探す
- その後、モデラーが同じように過去案件を探す
という完全な二重作業が発生していました。
DCIでは、Pirrosを入れてからフローがこう変わったと説明しています。
- エンジニアがPirrosで過去ディテールを検索し、「今回の案件で使う候補」をまとめて**「スタッシュ」**(束)として保存
- BIMモデラーは、そのスタッシュを開くだけで、利用すべきディテールが一覧で分かる
つまり、「誰が何を採用するかの判断」はエンジニア、「BIMモデルへの反映」はモデラーと役割分担しつつ、探す作業は一度きりで済むようになったわけです。
3. プロジェクト横断のナレッジ共有
Baranian氏は、Autodeskの従来アプローチが「1プロジェクト内での縦の統合(vertical integration)」だったのに対し、Pirrosは
「多くのプロジェクトを横断してデータを見る(horizontal)」
と表現しています。
プロジェクトをまたいで設計ナレッジを横串で見られると、
- ある地域の標準納まりを、別地域の案件にも素早く適用
- 類似用途の建物で、ディテールの標準化を進める
- 失敗したディテールを再利用しない
といった判断がしやすくなります。
日本で言えば、支店ごと、JVごとにバラバラに貯まっている「過去の図面資産」を、本社レベルで見える化するイメージに近いです。
「コンテキスト・インテリジェンス」はBIMとどうつながるか
Pirrosのようなツールは、単なる「図面検索」ではありません。ポイントは、BIMモデルのコンテキストと紐づいていることです。
モデル上の要素から「似ている過去事例」を呼び出す
PirrosはRevitと連携し、
- モデル内の部材・詳細を読み取り
- 形状・属性・用途などをもとに「過去の類似ディテール」を候補として提示
することができます。つまり、
「今、RC梁のスリーブ補強を検討しているなら、過去に同じような条件で使ったディテールはこれですよ」
とモデルの状況に応じてレコメンドしてくれるAIアシスタントに近い動き方をします。
これは、BIM活用を進めている日本のゼネコン・設計事務所にとっても、次のような価値があります。
- 標準詳細のバラつきを減らし、安全性と品質を安定化
- 若手エンジニアが、ベテランの「いつもこう描いてきた」を自然にトレースできる
- 設計変更が発生しても、条件の近い過去事例をすぐに洗い出せる
「AIが勝手に設計する」ではなく「判断材料を揃える」
ここで誤解したくないのは、AIが構造安全性や法規を自動判断してくれるわけではないという点です。
Pirros的なAIはあくまで、
- 社内で既に承認され、施工実績もあるディテール
- 自社の標準として使ってきた納まり
を、最短で見つけてくる検索エンジン+推薦エンジンです。最終判断は、当然ながら日本で言うところの一級建築士や構造設計一級建築士、現場を知る監理担当者が行うべきです。
ただし、判断の前段にある
- 「そもそも候補となるディテールを探す」
- 「過去にどのくらい類似事例があるかを把握する」
といった作業はAIに任せた方が、ヒューマンエラーも少なく、属人性も減るのは間違いありません。
日本の建設会社・設計事務所が真似できる3ステップ
Pirrosそのものを使うかどうかに関わらず、同じ発想は日本の組織でも実践できます。ここでは、AI×BIMによる詳細図DXの進め方を3ステップで整理します。
ステップ1:過去プロジェクトの「見える化」と棚卸し
まずは、社内に散らばった過去データを整理します。
- Revitモデル、CAD図面、PDF施工図などの保管場所を集約
- プロジェクト単位でフォルダ構成・命名ルールをそろえる
- 「このディテールは今後も標準として使いたい」を現場・設計のベテランにマーキングしてもらう
ここまでは、AIで自動化しにくい「現場の目」が必要なフェーズです。ただ、この棚卸しで自社ならではの強み=標準ディテール群が浮かび上がってきます。
ステップ2:検索性を高めるメタデータ設計
次に、検索しやすくするための**メタデータ(属性情報)**を付与します。
- 用途(オフィス/工場/学校など)
- 構造種別(S/RC/SRC)
- 部位(外装、躯体、設備貫通部 など)
- 地域条件(積雪地域、耐震等級、寒冷地など)
PirrosのようにAIで自動分類する方法もありますが、最初は
- スプレッドシートで簡単な一覧を作る
- BIMツール内のパラメータとして「社内標準ID」を振る
など、アナログ寄りの手法でも構いません。重要なのは、「検索軸」を人間側で決めておくことです。ここを決めておくと、後からAIを乗せ替えるのも容易になります。
ステップ3:AI検索・レコメンドの導入
最後に、AIによる検索・推薦の層をかぶせます。
- 社内サーバ or クラウドに置いたディテール集を、自然言語で検索できるようにする
- BIMモデルから要素情報を読み取り、「似ている過去事例」を提示するプラグインを導入
- よく使われるディテールを自動でランキングし、標準化候補を見える化
日本でも、BIM連携可能なAI検索エンジンや、社内ナレッジベース構築サービスは増えています。「最初から完璧なPirrosクラスを目指す」のではなく、自分たちの規模・予算に合うところから始めて、段階的に高度化していくのが現実的です。
生産性向上だけでなく、安全管理・品質にも効く理由
このシリーズのテーマでもある安全管理の観点からも、詳細図のAI検索は見逃せません。
安全な納まりを「再利用しやすくする」ことの意味
施工中の事故や、竣工後の不具合は、設計ディテールの曖昧さや認識ギャップから発生するケースが少なくありません。
- 現場が「たぶんこうだろう」と解釈してしまうディテール
- 新工法を試す際に、検証が不十分なまま採用された納まり
こうしたリスクを減らすには、「安全側であると社内で検証済みのディテール」を数多くストックし、それを再利用する文化が有効です。AIがそのストックから候補を提示してくれれば、
- 若手設計者も、危なっかしい独自ディテールを描きにくくなる
- 現場との協議で「過去の実績図」をすぐに提示しやすい
という形で、安全管理にじわじわ効いてきます。
熟練技術のデジタル継承
日本の建設業界でよく話題になるのが、ベテランの暗黙知をどう継承するかです。詳細図は、その暗黙知がもっとも色濃く現れるアウトプットでもあります。
- 「この納まりなら、このクリアランスがないと施工が危ない」
- 「この形状だと、検査のときにここを見られるから注意しておけ」
こうした経験則をテキストに書き起こすのは時間がかかりますが、図面という形ならすでに大量に残っているはずです。AI検索エンジンをうまく使えば、
- ベテランが描いたディテールを、必要なタイミングで若手の画面に持ってくる
- そのディテールに、コメントやチェックリストを紐づけておく
といった形で、**熟練技術の「デジタル継承プラットフォーム」**に育てていくこともできます。
これからAI設計ツールを検討する企業への提案
ここまで見てきたように、PirrosはBIMに連携する文脈理解型のディテール検索AIとして、非常に理にかなったアプローチをとっています。日本で同じレベルのツールを一気に導入するかどうかは別として、発想はそのまま取り入れる価値があります。
AI導入を検討している建設会社・設計事務所は、まず社内で次のような問いを投げかけてみてください。
- 毎回「探すのが大変だ」と感じている図面・ディテールはどこか
- 過去の標準納まりが、支店・部門ごとにバラバラに眠っていないか
- 若手が「先輩の過去図」を見たいとき、どれくらいの時間で辿り着けているか
ここで課題感が強いほど、Pirros的なAI×BIMワークフローの効果は大きいはずです。
このシリーズでは、今後も安全監視カメラの画像認識、工程管理AI、現場の出来形自動チェックなど、さまざまなAI活用事例を扱っていきますが、設計詳細図のような**「身近なムダ時間」からAIを入れていくのが、最も失敗しにくい始め方**だと感じています。
あなたの組織でも、まずは過去図面の棚卸しから、自社版Pirrosづくりを始めてみてはどうでしょうか。