ベルナベウ改修を題材に、AI×BIM計画、画像認識による安全監視、設備の予兆保全など、日本の建設現場に落とし込めるAI活用を整理。

サンティアゴ・ベルナベウ改修は「AI時代の理想形」だった
7階分の深さまで掘り下げたピッチ収納空間、3万3,000トンの特殊鋼で構成された可動屋根、3,000㎡を超える360°ビジョン——ENRの「Global Best Projects 2025」スポーツ/エンターテインメント部門で選ばれたサンティアゴ・ベルナベウ・スタジアム改修は、もはや“単なる改修工事”ではありません。完全に「デジタル施設」へ生まれ変わったプロジェクトです。
このスケールの工事になると、人的な経験と根性だけで品質・安全・工程をコントロールするのは現実的ではありません。日本の建設業界も同じ状況に立っています。人手不足、工期短縮、安全要求の高度化——これらを正面から受け止めるには、AIとデジタルツールを前提にした施工管理が不可欠です。
この記事では、ベルナベウ改修の特徴を押さえながら、
- どこにAIを組み込めば生産性と安全性が上がるのか
- 日本の建設現場で、明日から何から始めればよいのか
を、シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の一環として整理していきます。
1. ベルナベウ改修プロジェクトの「すごさ」を建設目線で分解する
このプロジェクトの本質は、巨大な“機械”を既存スタジアムの中に組み込んだことです。
ENRの記事から読み取れる主要要素は次の通りです。
- 可動屋根:
- 特殊鋼約3万3,000トン、数十万本のボルト
- 風力発電分野で使われる先端材料を採用
- ファサード:
- スチールルーバーによる新外装
- 360°ビジョン:
- LED高精細スクリーン約3,000㎡
- ピッチ収納システム:
- 西側スタンド下を7階分の深さまで掘削
- 天然芝のピッチをセクション分割して地下に収納
- 専用の照明・散水・モニタリング設備で常時管理
- 収容人数:
- 最大約8万人に拡張
これだけの要素を、稼働中の人気スタジアム(レアル・マドリードのホーム)で施工する。日本でいえば、満員の週末が続く新国立競技場を止めずに大改修するようなものです。
現実問題として、
- クレーン計画の干渉チェック
- 夜間・イベント間の突貫施工
- 騒音・振動・安全動線の管理
をすべて人間の勘と紙図面だけでやるのは無理があります。ここにこそ、AI+BIM+施工デジタルツインの出番があります。
2. 「こうすればよかった」を先に潰す:AI × BIMによる計画・設計支援
大型改修で一番コスパがいいAI活用は、実は着工前の「計画フェーズ」です。
ベルナベウ級のプロジェクトであれば、以下のようなAI活用が現実的ですし、日本の案件にもそのまま応用できます。
2-1. AI+BIMによる干渉・工程シミュレーション
- 3Dモデル(BIM)上で、
- 可動屋根の架設ステップ
- クレーンの旋回範囲
- 既存スタンドとのクリアランス
- 夜間作業とイベントスケジュール
- これらをAIが自動でパターン生成し、工程・コスト・安全リスクを同時評価する、というやり方です。
人手でやると、「3案作るだけで1カ月」が「AIなら1晩で30案」くらいの差になります。どの案なら
- 仮設が最小
- 夜間作業時間が短い
- 高所作業が減る

といった観点で“バランスがいいか”をAIが点数化し、施工計画会議で人間が最終判断する、というスタイルが現実的です。
2-2. 構造・ファサードの最適化
ベルナベウではルーバーファサードと巨大な屋根トラスが象徴的ですが、日本の現場に置き換えると:
- 長大スパンの屋根
- 複雑な曲面ファサード
- 大型ビジョンのハンギング構造
これらは構造・設備・意匠の取り合いで手戻りが起きがちです。AIを組み込んだ最適化では、
- 部材断面の自動最適化
- ボルト本数や溶接長の自動集計
- 製作・輸送・架設を考慮した分割案の自動提案
といったことが可能になります。
ポイントは「AIに決めさせる」のではなく、「人が決めるための候補を大量に出させる」ことです。
3. ピッチ収納システムから考える「設備+AI監視」の世界観
ベルナベウで最もユニークなのが、天然芝ピッチを地下に収納し、別用途イベントにも即対応できる仕組みです。日本だと札幌ドームが近いですが、ベルナベウはさらに自動化と継続メンテナンスに振り切っています。
ここで必要になるのが、AIを組み込んだ設備監視と予兆保全です。
3-1. 監視すべきものは「人」だけでなく「ピッチと機械」
ピッチ収納システムには、少なくとも次のような監視項目があります。
- リフティング装置の異常振動・温度上昇
- レール・ガイドの摩耗状態
- 地下空間の温湿度・CO₂濃度
- 芝の生育状況(色・密度・病気兆候)
これらをセンサー+カメラ+AI画像認識で常時計測し、
- 「このモーター軸受はあと300時間で異常値に達する可能性」
- 「芝の一部に病気の疑い、照度不足エリアを推定」
といったアラートを出す。これは工場設備では当たり前になりつつありますが、スタジアムやアリーナにもそのまま適用できます。
3-2. 日本の建設現場での応用イメージ
同じ考え方は、日本の大規模施設・インフラでも有効です。
- 可動屋根・可動スタンドを持つアリーナ
- 大規模M&E設備(データセンター、病院、空港)
- シールドマシンやタワークレーンなどの大型仮設機械
施工段階からセンサーとデータ基盤を組み込んでおけば、竣工後の運営フェーズでAIによる予兆保全と遠隔監視にすぐ移行できます。
設計・施工会社から見ると、

- 「建てて終わり」から「データを含めて引き渡す」ビジネス
- 長期保守・性能保証まで含めた新たな収益源
につながるので、実はかなり戦略的な投資です。
4. 安全管理:画像認識AIが“第二の安全パトロール”になる
ベルナベウのような高所・狭隘・既存施設内工事ほど、AIによる安全監視の効果が大きくなります。
人手不足の日本では、専任の安全担当者を現場の隅々まで貼り付けるのは現実的ではありません。そこで、
- 固定カメラ
- ウェアラブルカメラ(ヘルメット・胸部)
- ドローン
からの映像をAIに学習させ、リアルタイムでリスクを検出させるアプローチが増えています。
4-1. AIが検知できる典型的な危険行動
- 墜落リスク
- 手すり・親綱が無い高所での作業
- ハーネス未着用・未フック
- 重機接触リスク
- 車両死角への進入
- 危険エリアへの立ち入り
- 保護具関連
- ヘルメット未着用
- 反射チョッキ未着用
ベルナベウのように観客動線・仮囲い・資材搬入口が複雑な現場では、「ここは人が入ってはいけない」というエリアが時間とともに変化します。AIは、BIMや施工計画から取り込んだ**“その日の危険エリアマップ”と映像を突き合わせる**ことで、動的な安全監視が可能になります。
4-2. 日本企業がやりがちな失敗と、現実的な進め方
僕がいろいろな事例を見ていて感じるのは、多くの会社が最初から「現場全部をAIで監視しよう」として失速することです。現実的には:
- まずは
- 高所作業(足場・躯体端部)
- 重機周り のどちらか1テーマに絞る。
- 1現場・1〜2エリアで半年試す。
- 安全担当と職長が「使える」と感じたロジックだけを標準化。
このくらいがちょうどいいスピード感です。
ベルナベウ級の複雑な現場であれば、「AIが第2安全パトロール」くらいの位置付けから始めて、徐々にカバー範囲を広げるのが現実的だと思います。
5. プロジェクト管理:AIが「進捗のウソ」を見抜く
大型スタジアム改修では、工程の遅れはそのままクラブ運営やイベント収入に直結します。ベルナベウのように世界的クラブの本拠地なら、1試合中止しただけでも莫大な機会損失です。
ここで効いてくるのが、AIによる進捗・出来形の自動認識です。
5-1. 進捗把握を自動化する
最近よく使われているのは、
- 現場を歩きながら360°カメラで撮影
- あるいはドローンで巡回撮影
- その映像をAIが解析し、BIMモデルと突き合わせて
- 何%完了しているか
- どの部位が遅れているか を自動算出

というワークフローです。
ベルナベウのように、
- 鉄骨架設
- 屋根膜の張り込み
- シート・通路・店舗など内装
が並行して進む現場では、従来型の「日報+エクセル」だけでは確実に見落としが出ます。AIに“全体のスナップショット”を毎日取らせておけば、
- 「今週は屋根トラスのボルト締め検査が危ない」
- 「ファサードのルーバー取り付けが一部追いついていない」
といった早期警告が可能になります。
5-2. 日本の現場で何から始めるか
いきなりAIを入れる必要はなく、ステップを分けるのが現実的です。
- まずはBIMモデルと出来形の「見える化」
- 毎週の360°写真撮影
- クラウド上での比較閲覧
- 次に、AIによる自動出来形判定
- 鉄骨・天井・間仕切りなど、判定しやすい要素から
- 最後に、工程表との自動突合/アラート
「人の感覚+AIの数値」をセットで見る文化を作ると、若手の工程管理力の底上げにもつながります。
6. ベルナベウ級プロジェクトから日本の現場が学ぶべきこと
ここまで見てきたように、サンティアゴ・ベルナベウ改修は、
- 高度な意匠・構造・設備の統合
- 稼働中施設での難易度の高い施工
- 竣工後の運営を意識した機械・設備システム
という点で、AIとデジタルの活用余地が非常に大きいプロジェクトです。そしてこれは、スタジアムに限った話ではありません。
日本の建設会社が今やるべき「現実的な一歩」は次の3つです。
- AI × BIMを前提にした施工計画の標準化
- 干渉チェックとクレーン計画は、まずは半自動化する
- 画像認識による安全監視の限定導入
- 高所作業または重機周りにテーマを絞ってトライ
- センサー・カメラ前提の設計で、運営フェーズのAI活用まで見据える
- 可動設備や重要機器には予兆保全用のデータ取得手段を組み込む
シリーズ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」で扱っているのは、まさにこうした“明日から始められる実装レベル”のAI活用です。
ベルナベウのような象徴的プロジェクトも、やっていることを分解してみれば、
- BIM
- センサー
- 画像認識
- シミュレーション
といった、すでに日本の多くの企業が一部導入している要素の組み合わせに過ぎません。
「うちの現場はスタジアムほど大きくないから」と引いてしまうよりも、
どの部分なら自分たちの現場にスケールダウンして持ち込めるか?
を考えた方が、事業としては確実に前に進みます。
次回は、実際に日本の中規模案件で導入しやすい画像認識AIによる安全監視の立ち上げステップを、もう少し具体的なツール構成と現場フローまで掘り下げていきます。自社のどの現場から始めるか、今のうちから候補を洗い出しておくと動きやすくなります。