ASCEインフラ成績表が示した「2026年の資金の崖」。その先でも生産性と安全を守るために、日本の建設会社が今すぐ進めるべきAI活用戦略を整理します。
アメリカ土木学会(ASCE)が2025/12/12に公表したインフラ「成績表」で、米国全体の評価はC−からCへ。数字だけ見れば前進ですが、同じレポートの中に「2026年以降の資金が途切れれば、改善は簡単に後戻りする」という警告もはっきり書かれています。
ここが、日本の建設会社にとって他人事ではありません。大型インフラ投資の“波”は必ず終わりが来ます。その後も生産性と安全性を維持できるかどうかは、今どこまでAIとデジタルを前提とした体制に変えておけるかにかかっています。
この記事では、ASCEレポートのポイントをかみ砕きながら、
- ポスト2026の「資金の崖」を前提にしたインフラ戦略
- その中でAI・BIM・データ活用がどう効くのか
- 日本の建設会社が今から取れる具体的アクション
を、「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一環として整理します。
1. ASCEのインフラ成績表が示した3つの現実
結論から言うと、ASCEレポートが示しているのは次の3点です。
- インフラの状態は良くなっている(C−→C)
- ただし、改善の多くは2021年のインフラ投資法による“期間限定”の資金頼み
- 2026年にその資金の山場を越えた瞬間、現場の“納期と安全”が一気に厳しくなる可能性が高い
1-1 インフラは良くなっているが「ムラ」が大きい
ASCEは18分野を評価し、総合評価はC。港湾がB、鉄道も改善。一方で、道路・堤防・学校・下水道・雨水などはD〜Cレンジで足踏み状態です。
レポートが指摘しているのは、
- 改善が進んだ分野(港湾・鉄道)
- 予算がついても進みにくい分野(エネルギー、雨水、公共交通)
の“速度差”。インフラはネットワークなので、どこか一つがボトルネックになると、全体のパフォーマンスが落ちます。
一つの弱いリンクが、ネットワーク全体の評価を押し下げる。
この構図は、日本の高速道路・鉄道・上下水道・河川インフラにもそのまま当てはまります。
1-2 資金ギャップ:10年で3.7兆ドル足りない
ASCEは、2024〜2033年の10年間で「良好な状態」を維持・達成するために9.1兆ドルの投資が必要と試算しています。現状の公的・民間投資を積み上げても約5.4兆ドル。3.7兆ドルのギャップが生じる計算です。
その結果、米国では次のような傾向が強まっています。
- すぐに壊れそうな施設より、「まだ持ちそう」な施設の延命を優先
- 拡張よりも、維持・修繕工事のパッケージを優先
- 1発のメガプロジェクトより、フェーズ分割されたプログラム発注が増加
これは日本でも既に起きている流れとかなり重なります。人口減少で税収は頭打ち、老朽インフラは増え続ける。だからこそ、一件あたりの工事で“どこまで効果を出せるか”が勝負になります。
1-3 資金だけでは足りない:人材・データ・気候リスク
ASCEは、資金以外の3つのボトルネックも明確に指摘しています。
- 人材不足:設計・施工・検査のエンジニアと現場技術者が足りない
- データの不足・バラツキ:雨水・堤防・学校・公園・通信などで、資産データが不完全
- 気候変動リスク:2024年だけで極端気象による被害は1,800億ドル超
これらはそのまま、AI導入の優先領域と重なります。人が足りない、データがない、リスクが読みにくい――だからこそ、AIとBIM、センサー、画像認識を組み合わせた“見える化と自動化”が効いてくるわけです。
2. ポスト2026の「資金の崖」で現場に起きること
ASCEレポートの一番重要なメッセージは、「時間軸」です。インフラ法の大型予算は2026年で山場を越えますが、インフラ事業は企画〜設計〜環境評価〜施工で数年〜10年以上かかります。
つまり、
- 資金のピーク
- 工事ボリュームのピーク
はズレてやってきます。このギャップ期間に意思決定と現場運営を間違えると、中途半端な着工と後戻りだらけのプロジェクトが増え、コストだけが積み上がることになります。
2-1 「とりあえず着工」が一番コスト高になる
資金の先行きが見えないと、発注者側は次のような動きになりがちです。
- 詳細設計を待たずに「できるところから工事」を始める
- メガプロジェクトを細かく分割し、年度ごとに予算をつける
- 拡張・新設より、短期で完了する補修を優先
これ自体は合理的ですが、設計やリスク評価が不十分な状態で着工すると、
- 途中で設計変更が多発
- サプライチェーンが安定せず、材料遅延・高騰
- 安全計画も場当たり的になりがち
となり、突発コストと事故リスクが一気に増えます。
2-2 日本の公共工事でも同じ構造
日本でも、補正予算や国庫補助のタイミングに合わせて「年末に慌ただしく発注・着工」「年度内完成を優先」が当たり前になっています。
この構造の中で利益を出し、安全を守るには、
- 計画〜施工〜維持管理を1つのデータ基盤でつなぐこと
- 現場ごとに“人力で段取りする”前提をやめること
が避けて通れません。その鍵になるのが、AIとBIM、そして現場データです。
3. 資金・人材・気候リスクに効く「AI×インフラ」活用像
ここからは、ASCEレポートが指摘する課題を、日本の建設会社がAI導入でどう打ち返せるかを整理します。
3-1 プロジェクト選定・優先順位づけのAI活用
資金が限られる中で成果を最大化するには、「どの橋・どの道路・どの施設を先にやるか」を精度高く決める必要があります。ここにはリスク評価AIが向いています。
具体的な利用イメージ
- 橋梁や道路の点検結果、交通量、周辺住民数、代替ルートの有無、災害リスクなどを入力
- AIが「損傷進行スピード」と「影響度」をスコアリング
- 投資対効果が高い順に、補修・更新の優先順位リストを自動生成
これにより、
- 「なぜこの工事を先にやるのか」をデータで説明できる
- 政策決定者・住民との合意形成がしやすくなる
- 無理な拡張より、延命投資に集中する判断がしやすくなる
3-2 AI×BIMで「フェーズ分割工事」の生産性を上げる
ASCEレポートにあるように、今後はメガプロジェクトより段階的なプログラム発注が増えます。フェーズが増えるほど、従来型の紙・Excel中心のやり方では段取りが破綻しがちです。
そこで効いてくるのが、AIとBIMの連携です。
- BIMモデル上で工程パターンを自動生成し、複数パターンの工期・コスト・リソース負荷をAIが試算
- クレーン・重機・人員の配置計画を、過去現場データをもとにAIが提案
- 変更が発生した際も、AIが自動で4D(工程)モデルを更新し、クリティカルパスを再計算
これにより、
- 発注者の「年度ごとの予算枠」に合わせたフェーズ分割案をスピーディに提示
- 施工計画の修正時間を大幅短縮
- 重機・職人のムダな遊休時間を削減
といった効果が期待できます。
3-3 画像認識による安全監視と品質・出来形管理
ASCEレポートでは、気候リスクと人材不足がインフラ維持を難しくしていると指摘しています。猛暑・豪雨・強風の中で、少人数で現場を回す——日本でも同じ状況です。
現場カメラ+AI画像認識を使えば、
- ヘルメット・安全帯の未着用検知
- 高所作業・重機接触など、ハイリスク行動の自動アラート
- 出来形の自動判定(鉄筋の本数・かぶり厚さ、型枠位置など)
を、常時かつ“人手を増やさず”に実現できます。
結果として、
- 安全パトロール要員を最小限にしつつ、発見漏れを減らす
- 品質検査の記録を自動でデジタル保存し、将来の補修計画に活かす
- 災害時の被災状況をドローン+AIで迅速に把握
といった「少人数でも安全と品質を守れる現場」に近づきます。
3-4 資産データの自動整理と“デジタル継承”
ASCEが強調している地味な課題が「データギャップ」です。資産台帳や性能データが揃っていないと、どこにいくら投資すべきか議論すらできません。
日本でも、
- 紙図面とPDFが倉庫と共有フォルダに点在
- ベテランの頭の中にしかない“要注意構造物”情報
といった状態の自治体・インフラ事業者は多いはずです。
ここでAIの出番です。
- 図面・報告書・点検記録をAIで読み取り、構造種別・築年数・補修履歴などを自動タグ付け
- 点検写真から自動で劣化状態を判定し、時系列で見える化
- ベテラン職員の口頭説明やメモをテキスト化し、「注意ポイント」をナレッジとして蓄積
これにより、熟練技術のデジタル継承と、将来のAI診断の“燃料”となるデータ基盤が整います。ポスト2026で予算が絞られても、どこにどう投資すべきかを若手でも判断しやすくなるわけです。
4. これから2年でやるべき「AI導入ロードマップ」
ASCEレポートを読むと、米国のインフラ業界は「2026年までが勝負」と本気で捉えています。日本の建設会社も、同じくらいのスピード感でAI前提の体制づくりを進めた方がいいと考えます。
ここでは、中堅〜大手のゼネコン・インフラ系施工会社を想定した、シンプルな3ステップを挙げます。
ステップ1:データ棚卸しと“1現場パイロット”
-
過去3〜5年分の施工データ・BIM・写真・報告書を洗い出し
-
- 工程予測
- 安全監視(画像認識)
- 点検記録のAI解析
のどれか1つにテーマを絞り、1現場だけ本気でパイロットする
ポイントは、最初から「全社展開」を狙わないこと。1現場で、
- どの業務ならAIが本当に効くか
- どのデータが足りないか
- 現場の抵抗感はどこに出るか
を把握し、次のステップの設計材料にします。
ステップ2:BIM・現場データとの“縦串”統合
パイロットで手応えのあった領域を軸に、
- BIMモデル
- 工程・原価データ
- 安全・品質記録
をつなぐ“縦串”のデータフローを設計します。大事なのは、既存システムを一気に入れ替えないことです。
- 既存の施工管理システムの上にAIツールを“かぶせる”
- 現場が使っているExcel様式をそのままAIの入力にする
など、現場のオペレーションを壊さずにAIを組み込むやり方の方が、定着は早くなります。
ステップ3:ポスト2026を見据えた「事業ポートフォリオ設計」
最後に、AIで得られたインサイトを経営レベルの意思決定に接続します。
- どの領域(道路・河川・上下水道など)で、AI・BIMが強みになりつつあるか
- どの自治体・発注者との案件で、AI活用を評価してもらえているか
- どのタイプの工事(維持補修・耐震・更新)で、利益率が上がっているか
を整理し、2027年以降の事業ポートフォリオを見直します。
ASCEレポートが示すように、世界的には「拡張より維持」「メガよりプログラム」という流れが強まっています。AIを前提にした維持・補修・安全管理の実績を積んでおけば、ポスト2026の発注環境でも強いポジションを取りやすくなるはずです。
5. まとめ:インフラの“成績”を上げるのは、今の2年間の判断
ASCEのインフラ成績表は、単なる“他国のレポート”ではなく、
- 資金の波が過ぎ去ったあと
- 人材不足と気候リスクが本格化したあと
に、インフラをどう守るかという問いを日本にも突きつけています。
この記事で見てきたように、
- 資金の崖に備えるには、プロジェクト選定と優先順位づけの高度化が必要
- 人材不足と安全確保には、画像認識AIやBIM連携による現場自動化が有効
- 熟練技術の継承と長期計画には、資産データとナレッジのデジタル化が欠かせない
という構図は、米国でも日本でも変わりません。
建設業界のAI導入は、「いつかやる」ではなく**“資金がまだある今の2年間でどこまで進めるか”**が勝負どころです。自社にとっての最初の一歩がどこか、ぜひ社内で具体的な議論を始めてみてください。