ASCE最新インフラ評価はCに改善しつつも、2026年以降の資金と実行力不足を警告しています。この“投資の崖”に備え、日本の建設業がAIで何をすべきかを具体的に整理します。
インフラ投資の“C評価”と、人手不足の現場――ここからが本番
米国土木学会(ASCE)の2025年インフラ評価で、全体評価がC−からCに上がりました。1998年の評価開始以来、初めてD−の分野がゼロになったという意味では前進です。
ただしASCEは同時に、「2026年以降の資金が途切れれば、この改善は簡単に逆戻りする」と強い警鐘も鳴らしています。しかも、たとえお金があっても、計画・設計・施工をこなす“現場のキャパシティ”が追いつかなければ、インフラは良くならない、とレポートははっきり書いています。
ここが、日本の建設業界にとっても他人事ではありません。人口減少と技術者不足、老朽インフラ、激甚化する災害。条件はかなり似ています。違うのは、そのギャップをAIで埋めにいくかどうかです。
この記事では、ASCEレポートのポイントをかみ砕きながら、
- 2026年以降の“投資の崖”がなぜ起こるのか
- 予算が限られる中で、AIがどうインフラ投資の効率を最大化できるか
- 現場安全と生産性を高める、具体的なAI活用パターン
を、日本の建設会社・インフラオーナー・自治体担当者の視点で整理します。
ASCEレポートの要点:お金は増えたが、課題はむしろ複雑化
ASCE 2025年版レポートのメッセージを一言で言うと、**「改善は進んでいるが、今のままでは足りない」**です。
18分野のうち約半分が改善、それでもC評価
レポートでは18カテゴリー(道路、橋、港湾、鉄道、エネルギー、上下水道、学校施設など)を採点しています。
- 全体評価:C−(前回) → C
- 港湾:Bで最高評価
- 鉄道:改善傾向
- 依然としてD評価:ストームウォーター、公共交通
- 小幅改善:道路、堤防、学校、下水道
- エネルギーはむしろ格下げ(需要増と送電網の遅れが理由)
ポイントは、投資額が増えたにもかかわらず、電力など一部は評価が下がっていることです。ASCEは、
「投資だけでは性能向上は保証されない。計画・調整・実行の能力が伴っていない」
と明言しています。
3.7兆ドルの投資ギャップと、2026年問題
ASCEの試算によると、「2024〜2033年の10年間で“健全な状態”を保つために必要な投資」は9.1兆ドル。一方、公共・民間を合わせた見込みは5.4兆ドル。差し引き3.7兆ドルのギャップが発生するとしています。
さらに深刻なのがタイミングの問題です。
- 2021年インフラ投資法による大型財源は2026年に認可期限
- インフラ事業は、調査〜設計〜環境アセス〜入札〜施工で数年単位
つまり2025〜2026年の意思決定次第で、2030年代前半の現場の仕事量やインフラ水準が決まってしまう、という構図です。
日本でも、国交省予算や防災関連補正の振れ幅に毎年悩まされますが、ASCEレポートはその構造をかなりはっきり数字で見せてくれています。
資金と人手が足りない時代に、AIが果たすべき3つの役割
ASCEが指摘する問題を整理すると、次の3つに集約できます。
- 投資総額が足りない(3.7兆ドルのギャップ)
- 計画・設計・施工・維持管理の“実行能力”が不足(技術者・施工体制・手続き)
- 気候変動リスクが増大し、必要な性能水準が上がっている
この3つは、日本のインフラ政策・建設現場とも完全にリンクしている課題です。そして、AI導入が効くのは2と3への対応です。投資総額を魔法のように増やすことはできませんが、
- 1件あたりの事業コストを下げる
- 同じ人員でこなせる案件数を増やす
- ライフサイクルコストを下げる
ことは、AIとデジタル化で現実的に狙えます。
役割①:毎円のインフラ投資を“見える化”し、優先順位を最適化
ASCEレポートでは、多くのオーナーが
- 「状態が“悪化する前”の資産を優先的に保全」
- 「拡張より、既存の健全化・延命を重視」
という戦略にシフトしていると紹介しています。
ここにAIを組み合わせると、例えば次のようなことが可能です。
- 道路や橋梁、上下水道の劣化データ・点検記録・事故履歴をAIに学習させ、
- 「どの路線をあと何年放置すると、補修コストが何%跳ね上がるか」
- 「今、1億円使うならどの区間に投じるのが一番“費用対効果が高いか”」 をシミュレーション
- 人がExcelで数日かけていた分析を、数分でパターン比較
- 将来の災害シナリオ(洪水・高潮・熱波など)を加味したレジリエンス評価も自動化
実際、日本の一部自治体では、舗装路面性状や橋梁点検データにAIを適用し、「優先補修リスト」を自動生成する実証が進んでいます。ここまで来ると、予算要求・議会説明の根拠にも使いやすくなります。
役割②:プロジェクト管理の自動化で“2026年の崖”をなだらかにする
ASCEは、「2026年のインフラ法期限切れに向け、発注者側が
- 設計や環境アセスを前倒し
- 大規模案件をフェーズ分割
- 劣化が進みきる前の資産を優先
する動きが広がっている」と指摘しています。
これを日本に置き換えると、
- 設計JV・CM会社への負荷増大
- 発注図書作成やVE検討にかかる時間不足
- 繰り返し工事の標準化・パッケージ化の遅れ
が一気に表面化するイメージです。
ここで効くのがAIによる工程管理・書類作成支援です。
- 過去の類似案件の工程・コスト・出来形・出来高データをAIに学習させ、
- 工期シミュレーション
- 資機材・重機の山積み計画
- リスクの高い工程の抽出
- 施工計画書・安全衛生計画書・品質管理計画などのドラフトを自動生成し、人がチェックして修正
- 進捗・出来高を現場写真やドローン画像から自動判定し、出来高査定や支払の根拠資料を半自動作成
同じ技術者数でも「さばける案件数」を増やせるので、ASCEが懸念する「計画はあるのに、実行体制が足りない」という状態を和らげることができます。
役割③:安全管理とレジリエンス強化を“同時に”進める
ASCEレポートでは、2024年だけで1,800億ドル超の気象災害被害が発生したとし、「レジリエンス投資は初期コストを押し上げるが、長期的な金銭・運用リスクを下げる」と強調しています。
日本も同様で、河川・ダム・道路・鉄道の設計条件は、近年明らかに厳しくなっています。その一方で、建設現場自体も高温環境・豪雨・強風の影響を直接受けやすくなっています。
ここでAIは、
- 画像認識によるリアルタイム安全監視
- BIM・CIMモデルと連動した施工中のリスク検知
- 気象データと連携した災害時の施工停止・退避判断支援
といったかたちで、現場安全とインフラのレジリエンス向上を同時に支える技術になります。
現場で使えるAI活用シナリオ:生産性と安全を両立させる
ここからは、ASCEレポートの指摘を踏まえつつ、日本の建設現場で“明日からイメージできる”AI活用パターンを整理します。
1. 画像認識AIによる安全監視
目的:重大災害リスクの早期発見と、ヒヤリハットの“見える化”
- 固定カメラ・ウェアラブルカメラ・ドローン映像をAIで解析
- 次のような状態を自動検知してアラート
- 未装着のヘルメット・安全帯
- 立入禁止エリアへの侵入
- 高所作業車周りの危険接近
- 重機と作業員のニアミス
ASCEは「高エネルギー・高ハザード作業の特定と管理」の重要性を強調していますが、日本の現場では、ここを経験と目視パトロールだけに頼っているケースがまだ多いのが実情です。
AIによる映像解析は、人を置き換えるというより、
- 安全担当者が見るべき映像・時間帯を絞り込むフィルター
- 危険状態の「頻度と傾向」を数値化する安全KPIの基盤
として使うと効果が出やすいです。
2. BIM/CIM×AIによる工程・コスト最適化
目的:インフラ投資1円あたりの生産性最大化
ASCEレポートでは、発注者が
- フェーズ分割
- リハビリ・延命型の工事パッケージ化
を進めていると触れています。これを効率的に回すには、BIM/CIMモデルとAIを組み合わせた「デジタルツイン的な管理」が有効です。
具体的には、
- 3Dモデルに工程・コスト情報を紐付け(4D・5D BIM)
- AIが過去案件のデータから、
- 工種ごとの生産性
- 天候・地盤条件による遅延リスク
- 施工手順の入れ替えパターン を学習
- 「この順番で施工すると、工期が5%短縮」「資機材ヤードをここに変えるとクレーン稼働率が7%向上」など、複数シナリオを自動比較
結果として、
- 工期短縮=人件費・仮設費の削減
- 資機材ロスの削減
- 夜間・危険作業時間の削減による安全性向上
が同時に狙えます。
3. 熟練技術の“デジタル継承”と新人支援
ASCEが強調する「実行能力の不足」は、裏を返せば熟練技術の量的限界です。日本の建設業でも、
- 現場所長クラスが案件を掛け持ち
- 若手や協力会社へのOJTに割く時間がない
という話は日常茶飯事です。
ここでAIは、
- 過去の施工計画書・検討資料・提案書
- 日々の現場日報・工程打合せ議事録
- トラブルとその対処の履歴
を学習させ、「この条件なら、過去の似た案件でこんな段取りをしていた」「この地盤なら、事故を避けるためにこういう養生をしていた」といった**“現場所長の頭の中”を検索できるアシスタント**として機能します。
新人・中堅クラスにとっては、
- 施工計画のたたき台作成
- 協議資料の論点整理
- チェックリストの自動生成
など、時間のかかるホワイトカラー作業を減らすツールにもなります。
ASCEレポートから日本が学ぶべきことと、今やるべき一手
ASCEのインフラ評価は米国の話ではありますが、数字の裏側にある構造は日本とほぼ同じです。
- 老朽化したインフラ
- 気候災害リスクの増大
- 限られた財源と、政治的に揺れやすい予算
- 技術者不足と、複雑化するプロジェクト
この状況で、「お金をもっとください」「人をもっとください」と言うだけでは、2026年以降も状況は大きく変わらないでしょう。
現実的な解き方は、今いる人材と予算で、どこまで性能を上げられるかを“設計し直す”ことです。 その設計変更の中心に、AIとデジタルが入ってくるべきだと私は考えています。
- インフラ投資の優先順位を、感覚ではなくデータとAIで決める
- プロジェクト管理や書類作成をAIで軽量化し、技術者を“考える仕事”に戻す
- 画像認識とBIM/CIMで安全とレジリエンスを同時に高める
- 熟練技術をAIに取り込み、若手の意思決定を支援する
2025〜2026年は、日本の建設業にとっても**「次の10年の実行力」を仕込むタイミング**です。
もし自社でAI活用の一歩目をどこから始めるか悩んでいるなら、
- 安全監査やKY活動など、既にデータが溜まっている領域
- 同じような案件を毎年繰り返している工種(舗装、補修、設備更新など)
- 書類作成・報告業務が多く、担当者が疲弊している部門
のどれか1つに絞って、小さく試すのが現実的です。
ASCEレポートが示す「改善はしているが、油断するとすぐに後退する」インフラの現実は、日本にもそのまま当てはまります。だからこそ、2026年以降を見据えたAI導入の準備を、2025年の今から静かに、しかし着実に進めておくべきだと思います。