ENR受賞図書館プロジェクトを題材に、稼働中改修・TVD・マスティンバーをAIとBIMでどう支えるかを解説。安全と生産性向上の具体策。

受賞図書館が示した「賢い現場づくり」の条件
米国オレゴン州ポートランドのMultnomah County Midland Libraryは、2025年のENR「Award of Merit(文化施設)」を受賞した公共図書館プロジェクトです。
2,400㎡の大規模改修と約560㎡のマスティンバー増築を、施設を稼働させたまま安全に仕上げた点が高く評価されました。コストは約2,016万ドル(約30億円規模)。段階的な工事計画、ターゲットバリューデザインによるコスト管理、サステナブルな材料選定など、教科書のような進め方です。
ここで注目したいのは、「もし同じプロジェクトを今、日本でやるなら、AIをどう組み込むべきか」という視点です。少子高齢化、人手不足、安全要求の高度化の中で、AIを使いこなせる現場かどうかが、今後の受注競争を左右します。
この記事では、この受賞プロジェクトを手掛かりにしながら、
- 稼働中施設の工事をどう安全に進めるか
- コストと品質を両立する設計・施工マネジメント
- BIM・マスティンバーなど高度化する設計への対応
といったテーマを、**「AIを前提にした建設マネジメント」**という視点で整理していきます。
プロジェクト概要から見える「難易度の高さ」
Midland Libraryの特徴を先に整理しておきます。ここを押さえると、日本の案件との共通点が見えてきます。
プロジェクトの基本条件
- 用途:公共図書館(文化・コミュニティ施設)
- 所在地:米国オレゴン州ポートランド
- 工事内容:
- 約24,000平方フィート(約2,230㎡)の改修
- 内装一新
- 通信インフラのアップグレード
- レイアウトの刷新(インタラクティブな空間配置)
- 高効率HVAC(空調)システム
- 約6,000平方フィート(約560㎡)のマスティンバー増築
- 多目的室(フレックスルーム)
- ローカルコミュニティの展示スペース
- 児童向けプレイエリア
- コミュニティパティオ
- 約24,000平方フィート(約2,230㎡)の改修
- 事業費:約2,016万ドル
- 発注者:Multnomah County(自治体)
- ゼネコン:Swinerton Builders
- 設計:Bora Architecture & Interiors
現場が抱えていた主な制約
Midland Libraryの難しさは、要するに次の3点です。
-
既存施設を稼働したまま改修・増築する必要があった
利用者・スタッフの安全確保と、騒音・粉塵・動線確保のバランスが難しいタイプの案件です。 -
限られた予算の中で、機能拡張と省エネ・サステナビリティを達成する必要があった
ターゲットバリューデザイン(TVD)を採用し、設計段階から詳細なコスト検討を行い、概略設計完了時点で110万ドル以上の直接コスト削減を達成しています。 -
マスティンバーなど、新しい材料・工法が含まれていた
施工順序、接合ディテール、防火・振動・耐久性の検証など、従来RC・S造とは違う検討が必要になります。
この3つは、日本の建設会社・設計事務所が直面している課題とかなり重なります。ここにAIとBIMをどう組み込むかを考えると、日本の現場にもそのまま使えるヒントが見えてきます。
稼働中施設の工事を「安全に短く」終わらせるAI活用

稼働中の図書館や病院、商業施設の工事では、「事故ゼロ」と同じくらい「クレームゼロ」が難しいテーマです。Midland Libraryでも、工事フェーズの組み立てと安全確保が評価ポイントになりました。
ここにAIを組み込むと、安全と工程の精度が段違いになります。
1. 画像認識AIによる安全監視
稼働中施設で本気で事故を減らしたいなら、画像認識AIによる常時監視はほぼ必須だと考えています。
- カメラ映像から、ヘルメット・ハーネス未着用を自動検知
- 危険エリアへの利用者の立ち入りを検知し、即時アラート
- 足場・開口部廻りの養生不備をAIが指摘
特に、利用者と動線が交差しやすい改修工事では、人手の巡回だけでは抜け漏れが出やすい。AI監視を「もう一人の安全担当」として置いておくイメージです。
人手不足の現場ほど、AIによるデジタル安全監視を入れた方が、実質的な安全度は上がることが多いです。
2. BIM+AIで「フェーズ別のリスク」を見える化
Midland Libraryは、既存改修と増築を段階的に進めたことで、利用制限を最小化しました。同じことを日本でやるなら、BIMと工程シミュレーションAIを組み合わせるのが最も現実的です。
- BIMモデル上で「今週工事するエリア」を色分けし、利用可能エリアと明確に分離
- AIが工程表とBIMを読み込み、作業員・利用者の動線が交差するポイントを自動検出
- 騒音・粉塵が大きい作業とイベント・ピーク利用時間のバッティングをAIが警告
ここまでやると、発注者側(自治体・図書館側)にもフェーズごとの状況を直感的に説明できます。説明の納得度が上がると、「夜間作業を増やしたい」「一時的なエリア閉鎖が必要」といった相談もしやすくなるのが実務上の大きなメリットです。
3. 工程管理AIで「遅れそうなタスク」を早期検知
Midland Libraryでは、一部のカスタムアートワークに納期遅延が発生しましたが、工程を組み替えて後施工にまわすことで、全体の引き渡しには影響させませんでした。
この判断を、AIでさらに早く・確信度高く行うイメージです。
- 資材納期、職人の稼働、天候データなどをAIが学習
- クリティカルパスに影響しそうなタスクを自動で赤表示
- 「今のままだと3週間後に○○工種がボトルネック化します」といったシミュレーション
人間の所長・工事課長の経験値と、AIのパターン認識を組み合わせることで、「気付いたときにはもう遅い」を減らせるのがAI工程管理の本質です。
コストと品質を両立するターゲットバリューデザイン×AI
Midland Libraryは、ターゲットバリューデザイン(TVD)により、概略設計時点で110万ドル超のコスト削減を実現しました。これは日本でいうVE/CDを、もっと早い段階から、かつ定量的にやり込んだイメージに近いです。
ここにAIを掛け合わせると、「VEの質」と「スピード」が一気に変わります。

1. AIによるコストシミュレーションと代替案提示
設計変更のたびに積算を引き直すのは、どうしても後追いになりがちです。BIMモデルと連携したAI積算を使うと、次のようなことができます。
- 仕上げ材をA→Bに変えたときのコスト差を自動算出
- 構造方式(RC/S/マスティンバーなど)のパターンごとの概算を即時比較
- 設備容量・スペック変更によるライフサイクルコストのシミュレーション
これを設計打合せの場で即時に出せるようになると、「なんとなく高そうだからやめる」という感覚的判断が減り、予算内で最大限の価値を出す設計に近づきます。
2. サステナビリティ評価へのAI活用
Midland Libraryでは、増築部分に再生可能なマスティンバーを採用し、建物のカーボンフットプリント削減に貢献しました。
日本でもZEB・LCCM・グリーンビル認証が増える中で、材料・設備の選定をCO₂・エネルギー観点から評価できることは重要です。
- 材料ごとの含有炭素量(Embodied Carbon)をAIが自動集計
- 代替案ごとのCO₂排出量とコストをセットで可視化
- 各種認証基準への適合度をスコアリング
サステナビリティの検討は、人間の価値観や地域性も絡みますが、定量部分はAIに任せて、人間は「どこにこだわるか」を決める方が合理的です。
3. ローカル文化の反映とAI
Midland Libraryでは、既存空間のアートワークを再利用するとともに、地元アーティストと連携した作品を新たに導入しました。図書館が「地域の顔」として機能するよう配慮したわけです。
日本で同じことをする場合、AIは地域ニーズの把握や利用者の行動分析に役立ちます。
- 利用者アンケートやSNSの声をAIでテキストマイニング
- 図書の貸出データから、年齢層ごとの興味関心を可視化
- 滞在時間・滞在エリアをセンサーで取得し、レイアウト改善に反映
こうしたデータを、設計・内装・展示計画にフィードバックすることで、「作って終わり」ではない運営と一体の空間づくりができます。
図書館プロジェクトから学ぶ、AI導入ロードマップ
ここまで見てきた内容を、日本の建設会社・設計事務所向けに実務的なステップに落とし込んでみます。
ステップ1:BIMとAIを前提にしたプロジェクト選定
最初からすべての現場でAIを使う必要はありません。Midland Libraryのような、次の条件を満たす案件から始めるのがおすすめです。
- 公共施設など、ステークホルダーが多い案件
- 稼働中改修+増築など、工程・安全の難易度が高い案件
- サステナビリティ要件やZEB化が求められる案件

こうした案件は、発注者側も「新しい取り組み」に理解を示しやすく、AI活用による価値を説明しやすい土壌があります。
ステップ2:3つの優先分野に絞ってAI導入
私が現場と話していて「費用対効果が高い」と感じるのは、この3つです。
-
安全管理AI
画像認識による保護具チェック、立ち入り検知、危険行動の検出。 -
BIM連携の工程・干渉チェックAI
稼働中改修での仮設計画や、利用者動線との干渉確認に直結。 -
AI工程管理・リスク予測
工程データと実績から、遅延リスクを早期に知らせる仕組み。
この3つは、安全・品質・工期という発注者の関心そのものなので、提案書に書きやすく、受注競争での差別化にも直結します。
ステップ3:現場からの「フィードバックループ」を作る
AIは入れた瞬間に劇的な成果が出るというより、現場のフィードバックを回しながら精度を上げていくタイプのツールです。
- 「AIが誤検知したケース」を記録して学習させる
- 「AIのアラートが役に立った事例」を社内ナレッジとして共有
- TVDやVEの場で、AIが出した複数案から採用・不採用の理由を蓄積
Midland Libraryのように、フェーズを分けて改修・増築を進める案件は、このフィードバックループを回すのに向いていると言えます。前半フェーズでAIを試し、後半フェーズでチューニングしたAIを本格運用するといったやり方も現実的です。
「次の受賞プロジェクト」をつくるのは、AIを使いこなす現場
Multnomah County Midland Libraryは、マスティンバーの活用、TVDによるコストマネジメント、稼働中施設での安全な工事運営といった点で、教科書的な成功例です。
ただ、同じレベルのプロジェクトを、今の日本の人員体制でこなすには、AIなしではかなり厳しいのが現実だと思います。逆に言うと、
AIを前提にしたBIM・安全管理・工程管理を整えた会社が、「次の受賞プロジェクト」の主役になる。
この記事は、「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一つとして、実際の受賞プロジェクトを題材に、AI活用の具体像を描いてみました。
もし自社で、
- 稼働中施設の改修案件をよく扱っている
- 公共建築・文化施設で差別化したい
- BIMやマスティンバー案件が増えてきている
といった状況なら、今回触れた3つの分野(安全、BIM連携、工程AI)から、小さく試して結果を数字で見るところまで踏み込んでみる価値があります。
次のプロジェクトで、どこからAIを使い始めるか。今のうちに具体的に決めて動いた会社から、確実に一歩抜け出していきます。