韓国・現代建設の事例を手掛かりに、AIとドローン自動管制が大規模土木現場の生産性と安全管理をどう変えるのか、日本の導入ステップまで解説。

はじめに:人手不足時代の「空からの現場監督」
2025年も終盤に差しかかり、建設業界では人手不足と安全確保がこれまで以上に深刻なテーマになっています。特に長大トンネルや高速道路、地下化工事などの大規模土木現場では、昼夜を問わない施工と複雑な工程管理が求められ、従来の目視点検や定点カメラだけでは限界が見え始めています。
こうした中で注目されているのが、AIとドローンを組み合わせた自動管制システムです。韓国・現代建設とドローンデータプラットフォーム企業エンジェルスウィングの取り組みは、その象徴と言える事例です。この事例は「ドローンを飛ばす」のではなく、「AIで現場を常時見守り、デジタルツインで可視化する」という一段先のレベルに踏み出しています。
本記事では、「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一環として、この韓国事例を手掛かりに、
- 大規模土木現場におけるドローン自動管制・AI活用の全体像
- デジタルツインによる施工管理・安全管理の高度化
- 日本の現場が実際に導入する際のステップと注意点
を、現場目線で整理して解説します。
1. 韓国・現代建設のドローン自動管制事例から見える未来像
1-1. 対象プロジェクトのスケールと難易度
韓国のエンジェルスウィングが現代建設と組んで導入したのは、「南楊州王宿国道47号線移設(地下化)道路工事」のドローン自動化施工安全管理プラットフォームです。
- 延長:6.41km
- 事業費:約1兆503億ウォン規模
- 特徴:上下部を完全分離した「4分離(上下分離)立体トンネル」構造
- 地上道路と地下トンネルの工事が同時進行する高難度現場
地上と地下の施工が同時進行する日本の都市トンネルや地下化プロジェクトを思い浮かべると、その複雑さは容易にイメージできるでしょう。仮設構造物の林立、重機の密集、交通規制エリアと生活空間が隣接するなど、リスク要因が幾重にも重なる現場です。
1-2. ドローンステーション+AIで「毎日デジタルツイン」
今回の事例で特徴的なのは、ドローンステーション(Dock)を据え付け、運用をほぼ全自動化している点です。
- ドローンステーションが自動で充電
- 気象条件や飛行ルートを踏まえて自動離着陸
- 毎日決まったタイミングで工区全体を自律飛行
- 取得した画像を自動で処理し、2D地図・3Dデジタルツインを生成
これにより、現場は**ほぼリアルタイムで最新の「現場のデジタルコピー」**を持つことになります。定点カメラや巡回写真と異なり、
- 高所・死角を含めた面的な把握
- 掘削量や盛土形状の変化の可視化
- 危険エリア・立入禁止範囲の更新
が、人手をかけずに日次で更新できるわけです。
1-3. 意思決定への活用:品質・工程・安全の三位一体
エンジェルスウィングのプラットフォームでは、デジタルツインに基づき、以下のような意思決定が行われています。
- トンネル・地下車道区間の最適な施工順序の検討
- 資材・機械の資源配分計画の最適化
- 掘削や覆工に伴う地盤情報の検討
- 危険区域の把握と立ち入り管理・通路計画の見直し
また、本社と現場の間では、この3Dモデルを共有することで、図面や2D写真だけでは伝わりにくい状況を**「同じ画面を見ながら」議論できる**ようになりました。これにより、承認プロセスの迅速化や、設計・施工のすり合わせ精度が向上したと評価されています。
「自動離着陸と日次データ収集をもとに、正確なデジタルツイン環境を提供し、国内最大の土木現場の安全・品質管理を高度化したい」
— エンジェルスウィング代表 パク・ウォンニョン氏
このコメントは、「ドローン=写真撮影用ガジェット」という段階を越え、「AIとデジタルツインによる施工管理インフラ」へと位置付けが変わっていることを象徴しています。
2. AI・ドローン自動管制がもたらす3つの効果
本シリーズのテーマ「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」の観点から、現代建設の事例を整理すると、主な効果は次の3つにまとめられます。
2-1. 生産性向上:測量・点検の「定常業務」を自動化
従来、現場の出来形確認や進捗写真の撮影には、
- 測量班の出動
- 人力での高所・法面・仮設構造物の点検
- 毎日の進捗写真の整理と共有
といった、人手に依存した定常作業が必要でした。ドローン自動管制+AI処理によって、これらが大きく変わります。
- 出来形・土量の把握 → 自動飛行+自動解析
- 進捗写真の撮影 → 飛行ルート固定で抜け漏れ防止
- 写真整理 → 位置情報付きで3Dモデル上に自動配置
結果として、
- 測量・写真管理にかかる工数の大幅削減
- データ整理の属人化解消
- 現場に不在の担当者でも即座に状況把握
といった生産性向上が見込めます。
2-2. 安全管理強化:AIによるリアルタイム危険検知
エンジェルスウィングは、国土交通省主催のスマート建設関連コンテストでAI基盤のドローン安全管制技術により革新賞を受賞しています。今後、さらなるリアルタイム危険検知の強化が計画されています。
想定されるAI活用は、例えば次のようなものです。
- 立入禁止エリアへの人・重機の侵入検知
- 高所作業時の安全帯不使用の自動検出
- 重機と作業員の異常接近アラート
- 仮設構造物の変形・崩落リスクの早期検知
従来のCCTV(防犯カメラ)では、死角が多く、また監視員が常時画面を注視する必要がありました。ドローン自動飛行にAI画像認識を組み合わせることで、**「人が見る」から「AIが異常を教えてくれる」**安全監視へと変わります。
2-3. 品質・トレーサビリティ:施工履歴をデジタルで残す
毎日更新されるデジタルツインは、施工履歴のアーカイブとしても機能します。
- いつ、どの工区が、どの状態だったか
- どの重機が、どのルートで稼働していたか
- 仮設構造物や安全設備が、どのタイミングで設置・撤去されたか
こうした情報が3D空間上に蓄積されることで、
- 竣工検査・出来形確認の根拠資料
- クレーム・トラブル発生時の説明材料
- 次回類似工事の計画時に活かせるナレッジ
となり、熟練技術のデジタル継承にもつながります。これは、本シリーズで繰り返し扱っているテーマとも合致する重要なポイントです。
3. 日本の土木現場がAI・ドローン自動管制を導入するステップ
「韓国の話でしょ?」と感じた方もいるかもしれませんが、日本でもi-Constructionの推進やBIM/CIM義務化の流れの中で、自動飛行ドローンとデジタルツインの活用は着実に広がりつつあります。
ここでは、日本のゼネコン・専門工事会社・発注者が、AI・ドローン自動管制を導入する際のステップを整理します。
3-1. ステップ1:目的とKPIを明確にする
最初の失敗パターンは、「ドローンが飛んでいること自体が目的になってしまう」ことです。そうならないために、導入目的とKPI(指標)を明確にすることが重要です。
例:
- 測量工数を○%削減する
- 重大災害・ヒヤリハットを○件減らす
- 本社—現場の協議時間を○%短縮する
目的を「生産性」「安全」「品質・トレーサビリティ」のどこに置くのかによって、
- どのエリアを重点的に自動航行させるか
- どのAI機能を優先導入するか
- どの部署を巻き込むか
が変わってきます。
3-2. ステップ2:パイロット現場を選定し、小さく始める
いきなり全社展開を狙うのではなく、パイロット現場での実証から入るのが現実的です。
パイロット現場の選定ポイント:
- 面的な広がりがあり、ドローンのメリットが出やすい
- 工期にある程度余裕があり、試行錯誤が許容される
- デジタル活用に前向きな所長・職員がいる
この現場で、
- 自動飛行ルートの設計
- データ処理フロー(撮影→解析→共有)の標準化
- 安全管理ルール(立入禁止エリア・飛行時間帯)の確立
を行い、「うちの会社なりの型」を作り上げていきます。
3-3. ステップ3:BIM/CIM・工程管理システムとの連携
AI・ドローン自動管制の真価は、BIM/CIMモデルや工程管理システムとの連携によって発揮されます。
- 3D設計モデル(BIM/CIM)と現況データを重ねて出来形を比較
- 工程表と連動させて、「どの工区が計画とズレているか」を可視化
- 品質記録(写真・帳票)と紐づけて、一元管理
これにより、「単なる空撮サービス」から、施工DXの中核インフラへと変わります。既に日本でも、デジタルツインを毎日更新して遠隔施工管理に活用する事例が出ており、2026年度以降はこれが標準になっていく可能性も高いでしょう。
3-4. ステップ4:AI安全監視のルールづくりと教育
AIによる危険検知は強力な武器ですが、運用ルールと教育が伴わなければ逆効果になるリスクもあります。
- アラートのレベル分け(即時停止が必要なもの/注意喚起でよいもの)
- 誤検知・見逃しが発生した際の扱い(AIの学習データとして蓄積)
- 職員・協力会社への説明と合意形成(監視されているという心理的抵抗への配慮)
AIはあくまで**「現場を守るパートナー」**であり、人を罰するための監視カメラではない——このメッセージを徹底することが、長期的な浸透には不可欠です。
4. 発注者・行政が押さえておきたいポイント
AI・ドローン自動管制は施工側だけの話ではありません。発注者や行政側にとっても、次のようなメリットがあります。
- 現場の安全対策・進捗状況を定量データで確認できる
- 将来の維持管理・更新計画に活かせる高精度3Dアーカイブが手に入る
- スマートシティ・インフラDXの文脈で、地域全体のデジタルツイン基盤として活用できる
その一方で、発注者側の仕様や評価軸が従来のままでは、施工者の投資意欲が高まりません。今後は、
- AI・ドローン活用を評価する入札・総合評価の仕組み
- データ納品仕様(3Dモデル・点群・画像データ)の標準化
- 個人情報・セキュリティに配慮したルール作り
などが求められます。技術革新を前提にした発注スキームへと、行政側もアップデートしていく必要があります。
おわりに:2026年の「当たり前」を見据えた一歩を
韓国・現代建設とエンジェルスウィングの事例は、AIとドローン、デジタルツインを組み合わせることで、安全・品質・生産性を同時に引き上げる施工管理が現実のものになりつつあることを示しています。
日本でも、能登半島地震後の復旧工事や大規模災害対応でドローンの有効性が再確認され、2026年に向けて**「AI×ドローン×BIM/CIM」**は土木分野の標準ツールになっていくと考えられます。
自社の現場に落とし込む際は、次の3点を意識してみてください。
- 目的とKPIを明確にし、「飛ばすためのドローン」から脱却する
- パイロット現場で自社なりの運用型を作り、BIM/CIM・工程管理とつなげる
- AI安全監視を「人を守る仕組み」として位置づけ、ルールと教育をセットで整える
「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズでは、今後も画像認識AIによる安全監視や、熟練技術のデジタル継承など、具体的なソリューションと実践方法を紹介していきます。次に自社が取り組むべきAI活用は何か——今のうちから検討を始めることが、2026年以降の競争力を左右する鍵となるでしょう。