タコマの巨大ケーソンゲート更新工事を題材に、AI×コンクリート技術で生産性と安全性を高める具体的なアプローチを解説します。

乾ドックの巨大ゲートに学ぶ、AI時代の土木施工戦略
150フィート(約46m)のコンクリート製ケーソンゲートを、自社の乾ドックで製造して据え付ける——アメリカ・ワシントン州タコマで行われたこのプロジェクトは、2025年のENR「Award of Merit(Specialty Construction)」を受賞しました。
ここで注目したいのは、「超薄肉のプレキャスト・プレストレストコンクリートで浮体構造を作る」という高度な技術そのものだけではありません。どうやって寸法精度・浮体安定・安全な進水という3つのリスクを制御したのか。そして、同じことを日本の建設業界がやるなら、どこまでAIとデジタルツールで“再現性”と“安全性”を高められるかです。
この記事は「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズの一つとして、このケーソンゲート案件をケーススタディにしながら、AI×高度土木技術の現実的な使い方を整理していきます。
プロジェクト概要:タコマ乾ドックのケーソンゲート更新
まずは元のプロジェクトを、AIの話がしやすい形に整理します。
- 場所:米国ワシントン州タコマ
- 施設:Concrete Technology Corp.(CTC)のグレービング乾ドック
- 内容:老朽化したケーソンゲートの更新
- 新ゲート仕様:
- 全長 約150ft(約46m)
- 幅 約16ft(約4.9m)
- 高さ 約25ft(約7.6m)
- 浮体構造のコンクリートケーソン
- 高性能コンクリート(低塩化物浸透性)+亜鉛めっき鉄筋
- 超薄肉のプレキャスト・プレストレスト構造
- 20ft超(約6m以上)の水圧に耐えつつ浮力を確保
- 特徴:自社乾ドック内で製造し、そのまま進水・据付
現場が直面した3つの技術課題
記事の中で特に強調されている課題は次の3つです。
-
既設乾ドックとのシール性を確保する寸法精度管理
外形寸法がわずかに狂っても、止水性能が低下し、乾ドックとして機能しません。 -
さまざまなバラスト条件での浮体安定性
海水をバラストとして注排水しながら沈降・浮上させるため、どの充填状態でも転覆や過大な傾斜を避ける必要があります。 -
限られた水深での安全な進水(ローンチ)
ドラフト(水面下の喫水)に余裕がない条件で、構造を損傷させずに海へ送り出す必要がありました。
これらは一見、純粋な構造設計と施工管理の問題に見えますが、実はAIとの相性が非常に良い領域でもあります。
どこにAIを効かせられるのか:3つの視点
この種のスペシャルティ工事にAIを導入するとき、私はまず次の3視点で整理するのが現実的だと考えています。
- 設計・シミュレーションの高度化(BIM/CIM+AI)
- 施工管理・品質管理の自動化(画像認識・センサー)
- 安全管理とナレッジ継承(予兆検知・デジタル教育)
タコマのケーソンゲートを例に、それぞれ具体的に見ていきます。
1. 設計・シミュレーション:BIM×AIで「最適解」を絞り込む
ケーソンゲートのような浮体構造は、通常でも設計検討が膨大です。断面形状・プレストレス量・鉄筋配置・バラスト配置・施工手順…すべてが浮体安定性や止水性と連動します。

ここにAIを組み込むと、次のようなアプローチが可能になります。
1-1. 最適化AIによる断面・バラスト計画の探索
- BIM/CIMモデル上で、断面厚さ・プレストレス本数・バラストタンク配置などをパラメータ化
- 浮体安定解析やFEM解析の結果を学習データとして、AIが「条件に対して成立する設計案」を自動生成
- 人間の設計者は、AIが提案した案を絞り込み、構造的妥当性と施工性・コストを評価
現実には「数百〜数千パターンを短期間で比較する」ことが難しいため、 AIに一次スクリーニングを任せる発想が有効です。
1-2. 進水シミュレーションの自動パターン生成
限られたドラフトの中で安全に進水させるには、
- 進水角度
- 支点位置
- 一時的なバラスト量
- 牽引力やワイヤ配置
などの条件を組み合わせて検証する必要があります。
AIを活用すると、
- 進水条件の候補を自動生成
- 物理シミュレータ(数値解析ソフト)と連携して転倒リスク・構造応力・接触リスクを自動評価
- リスクが高い案を除外し、「安全マージンが高く、施工も現実的な案」をリストアップ
といったワークフローが組めます。
日本のインフラ現場でも、大型橋梁の架設手順やケーソン沈設手順の自動最適化に応用できますし、BIM/CIM活用を進める上でも非常に親和性が高い領域です。
2. 施工・品質管理:画像認識とセンサーで「バラつき」を抑える
ケーソンゲートの核心は、「薄いコンクリート壁で高い水圧に耐えながら、なお浮く」ことです。その前提になるのが、施工誤差と材料品質の徹底管理です。
ここでAIの出番が増えていきます。
2-1. 画像認識による鉄筋・型枠検査
寸法誤差は、そのまま止水不良につながります。従来はベテランの目視とスケール検測に依存していましたが、AI画像認識を組み合わせると、
- ドローンや固定カメラで撮影した画像から、鉄筋ピッチ・被り厚さ・定着長さを自動計測
- 型枠の建て込みを3Dスキャンし、BIMモデルとの偏差を自動算出
- 許容値を超える箇所をカラー表示し、その場で是正指示
といったワークフローが可能になります。
ケーソンのような長大構造では、検査項目が膨大になりがちですが、AIを使うことで**「100%検査に近いレベルのカバー率」と「検査記録の自動保存」**が両立できます。
2-2. コンクリート品質のリアルタイム監視

このプロジェクトで採用された高性能コンクリート(低塩化物浸透性)は、日本でいえば港湾・防波堤向けの高耐久コンクリートに近いイメージです。耐久性を確保するには、
- 水結合材比
- 温度履歴
- 打込みから硬化までの養生条件
などを厳密に管理する必要があります。
ここにもAIとIoTセンサーが有効です。
- 打込み後のコンクリート内部に温度・湿度センサーを設置
- 打込み時のスランプ、空気量、外気温・風速などもデータ連携
- AIが温度履歴から強度発現を予測し、脱型時期の判断や補助加温の要否を提案
- 将来の塩害リスクをシミュレーションし、被り厚さ・材料選定の妥当性を検証
こうした取り組みは、港湾構造物や長大橋の橋脚など、高耐久を求められる日本のコンクリート構造物にもそのまま転用できます。
3. 安全管理とナレッジ継承:人の経験を“デジタル資産”に変える
タコマのプロジェクトでは、45年以上・100回以上のゲート着脱実績がありました。日本の現場でも同じですが、こうした「長年の運用実績」は、紙図面・口伝・ベテランの感覚に閉じ込められがちです。
ここをAIでどう変えるかが、人手不足時代の安全管理のポイントになります。
3-1. 施工中の安全監視:画像認識+ルールエンジン
ケーソン製作や進水作業は、高所作業・重量物の吊り上げ・船舶との協調作業など、安全リスクが重なります。AI画像認識を使うと、
- 作業員のヘルメット・安全帯の未着用をリアルタイム検知
- 立入禁止エリアへの侵入を検出してアラーム
- クレーンの作業半径と人の位置関係を常時監視
といった「見守り」を常時行うことができます。
私は、“監視カメラ”ではなく“安全アシスタント”として導入するのが現場に受け入れられやすい、と感じています。ヒヤリハット事例をデータとして蓄積し、AIがリスクの高いパターンを学習して、次の現場での指導に活かす流れが理想です。
3-2. 進水・据付手順の“デジタル教科書化”
ケーソンゲートの進水やドックへの据付は、経験者が減るほど**「教えられる人がいない」「感覚的にしか説明できない」**という問題が起こります。
ここでもAIを絡めたデジタル化が有効です。
- 施工中の映像・センサーデータ(バラスト水量、ケーソンの傾斜角、潮位など)を一元的に記録
- 施工管理データと事故・不具合の有無を紐付けてAIに学習させる
- 次回以降、AIが「潮位が○○mを超えるとリスクが高い」「このバラスト配分だと転倒モーメントが増える」といった具体的アドバイスを提示
- VR/AR教材として、オペレーター教育に活用
こうして「ベテランの頭の中」にあった知見をデジタル資産として継承できれば、人が入れ替わっても施工レベルと安全水準を維持しやすくなります。
日本の建設会社が真似するなら:最初の一歩はここから

ここまで読んで、「うちの現場にケーソンゲートなんてない」と思ったかもしれません。ただ、重要なのは構造物の種類ではなく、リスク構造とワークフローです。
タコマの事例から、日本のゼネコン・専門工事会社がすぐに応用できるポイントを整理します。
4-1. 「寸法精度が命」の工種でAI画像認識を試す
- プレキャストPC部材
- セグメント工法のトンネル
- 橋梁の定着部・支承周り
など、数センチのずれが致命傷になる工種から、AI検査の導入を検討すると効果が見えやすいです。
4-2. 高耐久コンクリート案件で、センサーデータを集める
- 港湾・海岸保全施設
- 道路橋の支承部・床版更新
- トンネル覆工
こうした案件で、まずは温度・湿度・打込み条件のデータ取得から始め、将来的なAI活用を見据えたデータ基盤づくりを進めるのがおすすめです。
4-3. 危険作業の映像とヒヤリハットを“タグ付け”して残す
- クレーン作業
- 船上作業
- 高所の足場組立・解体
これらの動画に「危険な状態」「良い状態」のタグを現場の安全担当が付けていくと、そのままAI学習データになります。いきなり高度なAIを目指すより、まずはデータを残す文化づくりが先です。
シリーズとしての位置づけと、次のアクション
今回取り上げたタコマのケーソンゲートは、AIそのものを使っていたわけではありません。それでも、
- 超薄肉PC構造による高い生産性
- 高性能コンクリートと防食鉄筋による長寿命化
- 浮体安定・進水条件を緻密に制御した安全施工
といった要素は、そのままAIとデジタル技術で“再現性と安全性を高める”格好の対象になります。
この「建設業界のAI導入ガイド:生産性向上と安全管理」シリーズでは、今後も、
- 画像認識による安全監視の具体的な導入ステップ
- BIM/CIMとAIを組み合わせた工程・施工手順の最適化
- 熟練技術をデジタルで継承するための現場インタビューや実例
などを掘り下げていく予定です。
もし、あなたの会社や現場で、
- 寸法精度やコンクリート品質のバラつきに悩んでいる
- ベテランが減って、安全管理と教育が属人的になっている
という課題があるなら、まずは「どの工程ならAIで“見える化”できそうか」を一つだけ決めてみてください。その小さな一歩が、ケーソンゲートのような高度なプロジェクトを、誰でも安全にこなせる“標準技術”に変えていく入口になります。